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第0十刃、ヤミー。
その巨体が倒れるときは、衝撃も相当のものだった。思わず力の入らない体が地面から浮き上がるほど。
「……ッ、は…ッ!」
終わったのだと、最後に残った力も消え去り恋次はその場に膝をついた。近くで茶渡か石田か、誰かもまた同じく砂地に崩れ落ちたのが分かる。いや、終わってなどいないけれど。
虚圏に残った十刃は全て、倒した。残るは現世へ渡った藍染とその配下。それこそが真の敵。
ゼロの数字は伊達などではなかった。四番隊の二人と井上の手を借りて尚、全員が満身創痍だった。無傷なのは嬉々として検体摂取に取りかかった十二番隊の二人ぐらいのもの。
まだ終わっていない。
藍染を倒さなければ、終わらない。
卯ノ花と共に現世へ先に戻った一護は無事だろうか。早く回復をしてもらって、涅に黒腔を開けてもらって加勢に、
「さん―――…?」
背後で誰かの声が上がった。振り向けば薄墨色の髪をいくらか朱に染めた男が、自分たちと反対方向に離れて行く背中が見えた。
「おい、何を…」
行かなければ。
不審に尋ねた応えのつもりかどうかは分からないが、声は少し離れた恋次にも届いていた。
その手には抜き身の斬魄刀が。
「行くって、さん」
「どこへだ?」
「現世…空座町へ」
まだ敵が残っていたかと恋次も自身の斬魄刀に手を伸ばす。だが続いた言葉に再び腰を落とした。力も抜けていく。
「…気持ちは分かるが、落ち着け。黒腔開けてもらうよりも先に怪我を、」
「阿散井副隊長」
遮った声は張り詰めていたが、決して焦ってはいなかった。思慮を失っているものでもない。戦いを終えた者の声ではない。これから戦いに赴く者の声。
その帯びる不可思議な吸引力に、思わず誰もが視線を注ぐ。井上も茶渡も、石田も。花太郎も、恋次も、ルキアも。
「…?」
いつの間にか、すっかり馴染みになった白い靄がの周りにあった。
少しずつ、少しずつ、その靄の霊圧が濃くなっていく。
「先に、行きます」
誰かが声をかけるより早く、靄が煙幕のごとくの背を包んだ。距離は十分。だのに引きずり込まれる力に、三半規管が狂う。元より余力もなくて、呆気なくその場に倒れた。自分たちに対する攻撃などではない。ただ巨大な渦に巻きこまれているだけ。
「待っ…、さん…ッ!」
誰かの制止の声すら、吸い込まれる。巻き上げられた砂と靄が視界を埋め尽くす中、辛うじて斬魄刀を下段に構える後ろ姿が見えた。切っ先に渦巻く、白靄。
逆袈裟に鋼が閃いた。獣の牙が何もないはずの宙に喰らいつく。
「な、に…!?」
ぱかりと開いた穴。
それは黒腔にも似て非なる。
「…ッ!!」
喉から絞り出した声が果たして聞こえたのかどうか、半身振り返り軽く目を伏せて、は穴へと飛び込んだ。周囲を取り巻く白靄と共に。
ドッと風が穴へ吹き込む。目を開けていられず、亀のように身を固く縮めて―――
「…嘘…」
呆然とした声は井上か。
目を開けたそこには何もなかった。白靄も、の気配も。嘘だ、ともう一度誰かが呟くがそれでの現れるはずもなく。
漸う、恋次は理解した。の力を。
尸魂界から現世、浦原の元へ現れた時。あの時も同じ力が、隔てられた空間を繋げたに違いない。否、繋げたのではない。あれは、の斬魄刀は空間を。
「…“喰った”のか……?」
2011/03/29
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