なぎ倒され潰され、複製の空座町は惨憺たる有様だった。元より住人のいない町には敗者だけが残され、静まり返っている。その不気味なばかりの静寂の中、所々敗者の呻きが重なり合う。
 吉良イヅルもまた、崩れ落ちそうな瓦礫の街に倒れ伏していた。
 穿界門へ消えた藍染たちを追った松本を、イヅルは止めることが出来なかった。
 止められなかった。松本も、市丸も、藍染も。
 どうすれば良いのか、誰か教えてくれと叫びたかった。わずかに動く度血を流す体がそれを許さなかったが。
 藍染を迎え撃った隊長たちは皆、総隊長でさえ倒れた。死神と虚の力を併せ持った不思議な一団も同じく。最早自分たちにどれほどの希望が残されているのか、考えれば考えただけ、打ちのめされそうな気がする。
 だがすぐ隣で射場の呻きがあがる。幸いにも今すぐ救いのない思考には陥らずに済みそうだった。ぎしぎしと悲鳴をあげる体を何とか起こして、倒れている射場の元へと思った時、突然空が歪んだ。

「黒、腔…?」

 虚圏へ渡った仲間たちが戻ったのか、或いは別の破面か。
 緊張に身を強ばらせたイヅルの頭上で何もない宙に斜めの線が入り、それは藍染たちが現れたときとは少し異なっていた、現れたのは黒の死覇装、死神だった。
 大柄な男。抜き身の斬魄刀を手に長い髪は薄い色をした、イヅルには見覚えのない男だった。
 眼下に広がる有り様に驚いているのかしばらくそのまま動かなかったが、巡らせた視線でイヅルたちの存在を捉えたのだろう、すぐさま近くへと降りてきた。

「藍染は、どこへ」

 イヅルが誰何するより先に男が尋ねる。張り詰めた声にもやはり覚えはない。

「…尸魂界、に移した、空座町に…」
「喜助、浦原喜助や、他の者は」

 分からないと、首を横に振るしか出来ない。誰が息をしているのかどんな状況にあるのか、イヅルには何一つ分からない。誰でも、それこそ目の前の男に教えてくれと問おうとしたが、男は既にイヅルを見てはいなかった。どこか遠くの一点に意識をやって何事か、イヅルにも聞こえない小さな声で呟くや否や、一瞬で駆け去った。

*

 遠くから声が聞こえる。
 聞き覚えがある。
 何かを叫んでいる。

「……いち、…夜一…!」

 声が叫ぶのが自分の名だと分かると同時、強い力で、だが慎重に体を抱き起こされた。

「夜一!」

 五月蝿いと文句一つ言うことすら出来ないほど、打ちのめされた全身が重い。鉛でも仕込まれたように、腕も足も言うことをきかない。
 それでも何とか瞼を持ち上げれば、見慣れた薄墨色が視界に映った。

「…、か…」

 声をあげるだけで、喉が、肺が、軋む。

「どこへ行った、喜助は」
「尸魂界…藍染と、一護を、追って」

 それだけ言うのが精一杯だったが、十分だった。
 肩を支える手に一度だけ力がこもって再び、やはりゆっくりと横たえられる。藍染を追う前に喜助が応急処置でもしていったか、死ぬことだけはない。だがもう戦いにはいけない。

「もう、行け」
「ああ」

 霞む視界の向こう、夜一の古い知己は迷いなく頷いた。それ以上どうしても目を開けていられず、夜一はストンと意識を落とした。遠ざかる気配にすら気づけないほど、あっという間に。

2011/03/29







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