虚夜宮のぶ厚い壁を抜けて、漸く開けた場所にたどり着いた。侵入を察知してか、ひとりでに灯火がついていく。一際強い風が吹き抜けたのと同時に空間の全貌が明らかになった。

「…別れ道か…!」

 六人の同士の前に、誂えたかのように六つの口。
 乗り込んだ途端にこれかと恋次は舌打ちした。脂汗が吹き出るような圧迫感が、立っているだけで霊圧を削っていく。一つ一つ当たっていく余裕はない。時間にしても、それ以外でも。
 提案したのは、ルキアだった。

「同時に、別々の道を行こう」

 一護が、噛みついたが。

「…止めとけ。戦場での命の気遣いは、戦士にとって侮辱だぜ」

 その得難い優しさを切り捨てるのにはわずかな躊躇いがあった。
 ――― 一護は、子供だ。
 どうしたってまだ、自分やルキアの半分以下も生きていない。誰かを守れる、だが同時に誰かを傷つけ得る力を手にしたのもまだほんの数か月前。思えば眩暈すら覚える短さ。
 だが恋次は、一護を戦士と認めた。自分たちと同じ場に立つに足る者だと。
 だから切り捨ててやる。それが先達の役目だろう。

「言った筈だ。私の身など案じるな、と」

 ルキアもまた、静かに断じた。
 一護に心配をさせて、気を削がせてしまう己の弱さを本来ならば悔いる処であろうが、今はその時ではない。井上を助ける。それ以外は全て、後で良い。

「私は貴様に護られる為に、此処に来た訳では無い」

 一護の顔が苦くなって、諦めが浮かび、そうしてやっと決意のものとなる。
 それで良い。前だけ見て進む覚悟を。

 恋次が、皆の手を差し出させた。ルキアも知る古い作法は確かに今この場にこそ相応しい。重なり合った手の熱さが、重みが、ルキアに思い出させる。井上と交わした言葉を、過ごした時間。

 ―――我等 今こそ決戦の地へ
 信じろ 我等の刃は砕けぬ
 信じろ 我等の心は折れぬ
 たとえ歩みは離れても 鉄の志は共に在る
 誓え 我等地が裂けようとも
 再び 生きて この場所へ―――

 手が解かれた。
 四方に散る、仲間たちの霊圧。

「違えるな」

 間際、隣の男に小さく念を押したのはルキア自身の為に他ならない。前だけ見て進む為に、憂いを絶っておきたくて。
 同じく隣から小さく、本当に小さく、ルキアの耳にだけ届く声が短い肯定を示した。

「無事に、また」

 付け加えられた言葉はルキアに聞こえなくとも良いと、本人は思っていたのであろうが。暗い穴に飛び込むルキアの胸が熱くなる。
 この男との約束も必ず果たさなければならない。
 必ずまた、生きて。

*

 ひと固まりだった霊力が六つに分かたれ、そのうちの一つ。最も希薄で、しかし小さくはない霊力が通路を走っていた。道は平坦極まりなく、阻むものもない。
 暗闇にいきなり明かりが灯った。それから走る足の一歩手前に合わせて次々と、まるで導きの灯火のように、手招くように。分岐の一つもなくそれは続く。
 やがて終わりが来た。行き止まったそこで待ちかまえていたのは、大きな扉だった。

2011/03/20







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