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15 四番隊総合救護詰所、の廊下。 小綺麗で清潔で、だが二番隊と違ってどこか陰気だと、来る度思う。幾度となく世話になっている身ではあるが、それはそれ。単に個人的な嗜好から、好ましくないと思う。陰気な隊舎も、充満する薬品の臭いも、自分を追ってくる四番隊の隊士も。 「困ります関本十席…っ、本当に、真田十九席はまだ、」 小柄な四番隊隊士は大股で歩く自分についてくるのも一苦労らしい。途切れがちな声が周囲の視線を集めて、それもまた勘に障る。 「分かっている。だが命令だ」 自分とて好きでやっているわけではない。だが上に命ぜられれば拒否できない。そんなことは二だろうが四だろうが同じだろうと、理解していないのが一番神経を逆撫でする。 苛立ちのまま、目当ての病室の戸を引く。恐らく早い時点でこちらの霊圧を感知し、更には用向きも察したのだろう。中にいた男は既に身仕度を終え、その足でしっかと立って自分に頭を下げた。 同じ二番隊の、十九席。顔を見るのは数日ぶりだったが、それまでと何ら変わりないように見える。 「…砕蜂隊長がお呼びだ、真田十九席」 「承知しました」 「容態次第では明日以降でも構わないと仰せだが」 「支障ありません。参ります」 応える様子は確かに淀みなく、所作にも不安はない。 「でっ、でも真田さん!」 傍らの四番隊が食い下がるのには世話になったと頭を下げることで終わりを言い渡し、溜め息を背中で聞きながら共に部屋を後にした。 「…本当に、もう動いて良いのか」 尋ねたのは四番隊に言われたからではない。つい先日まで面会謝絶だったことを思えばやはり気にもする。今回の一件では他と同じく二番隊も小さくない被害を受けたが、人的なものに限ればこの男が一番重傷らしかった。 是と、返る言葉は簡潔極まりない。この男は常からこうだと知っているから今更不快を覚えたりはしない。必要なことにまで言葉を惜しみはしないから構わないとも思っていた。 だが、今回ばかりは違う。歩みを止めて振り返った。 「お前、一体どこで何をしていた」 旅禍たちが瀞霊廷内に侵入してからすぐ、姿が見えなくなった。最初は旅禍に討たれたかと思ったが、らしい知らせは何一つなく。自分たちも事態の対応にかかりきりで十九席一人の為に捜索の手を割く余裕はないとやむなく後回しにしているうち、事態の方が一応の終結を見せて。そして唐突に報告が入った。意識不明、重傷、双極の丘にて発見と共に即四番隊へ収容、と。 真田零について知ることは、そう多くない。数いる部下のうちの一人であり日常的に顔を合わせているが、隊舎の外で会うことは皆無と言って良い。 死神としての技量に問題はない。長く十九席を務め、命令に背いたことも任務を遂行しきれなかったことも、恐らくない。自分の下になるより前のことは知らないが。 そこで不意に思い至った。 ―――この男はいつから、そこにいる。 自分が席官になったのはおよそ四十年前。今の地位を拝命するまでは三十年。その四十年前から既に数名いる十九席にあって、なかでも古株だと言われていた気がする。下位席官は上位より回転が早い。自分のようにより上位を拝命したり逆に降格されたり、或いは任務で命を落としたり。この四十年で何人も入れ替わり立ち替わりしていた中、一人その位置に変わらずいた。 有り得ないとは言わない。だが多くはないはずだ。 姿を消したのは已むえずだと思った。任務放棄などないと、他も同じ意見だった。今までそうだったからと、ただそれだけの理由で。 何故直接の上役でもない自分が、行けと命じられた。同位でも下位でもない、十ほども上の席官を使いに立てる意味は。 「真田、十九席」 誰も、この男のことを知らない。 誰かと親しく口をきいているところを見たことがない。務めのない時何処にいるのか何をしているのか、見当もつかない。 今度の問いに答えはなかった。 薄墨色の長い前髪の向こう、同色の瞳がただじっと己を見返すだけで。何も語らない。その目も、表情も、言葉さえも上滑りするばかりで。だから誰も男を知らない。 ―――知りたくない。 尋ねておきながら、答えが返る前に身を翻し再び歩き出した。来た時よりずっと歩みは速いはずなのに自隊の隊舎は遠い。 「関本十席、」 すぐ背後からの声に振り向く気にはなれなかった。ご面倒をおかけしましたと続く詫びの言葉すら聞きたくなくて一層歩みを速めた。 やたら速く大きく心臓が脈打つのは、急ぎ歩いているからに違いない。それ以外の理由など、あるはずもない。