「関本十席、十九席、参りました」
入室を許可する声に関本が戸を引く。執務室の右、据えられた机に向かう二番隊隊長、砕蜂がちらと視線をやる。副隊長、大前田の姿はない。
「ご苦労様だった、関本」
簡素な労いとともに下がって良いと促され、一人が執務室を後にする。
「退所は許可されたのか」
先日まで面会遮絶とあったが。
手元の紙に何か書きつけたまま、砕蜂が言った。
「支障ございません」
作為的に的のずれた答えに片眉があがる。筆の動きが止まって、初めてまともに入室者の一人、に視線が注がれる。
膝と拳を床についたままで砕蜂からその顔は見えない。面を上げよ、の言葉には従う。
「まず聞く。十九席」
「は」
余計な前置きは不要とばかり、口を開いた。
「貴様はこの一件、藍染たちの企みを最初から知っていたのか」
「幾ばくかは」
「詳しく話せ」
偽りを許さない鋭い眼光の下、の声が事実をつまびらかにしていく。
首謀者が藍染であること、目的が崩玉であること、その崩玉が十三番隊の朽木ルキアの魂魄に埋め込まれていたこと、
「旅禍については?」
淡々と、淀みなく流れていた音が一拍を打った。
「存じておりました」
「何故だ」
次いで呼吸をする間が三つ。
「何故だ。十九席」
「…旅禍の一人、四楓院夜一様とは現世にて話を」
「浦原喜助とも、か」
「はい」
「つまり貴様は浦原喜助と夜一様の二人を通じ、最初から何が起こるかおよそ予測していた、と」
「はい」
相違はないか。
ございません。
どちらの声も同じ温度に同じ固さだった。視線も外されない。
「わかった。下がれ」
口を開いたのは砕蜂、目を瞬かせたのは。言ってすぐ砕蜂は何もなかったように手元の作業に戻る。
「…聞こえなかったか、十九席。下がれ」
指示に従わず固まった部下に、今度は氷のように冷たい一瞥をくれて、それだけ。薄墨色の頭が再び下がるのにも執務室を後にするのにも、二番隊隊長、砕蜂は一切反応を返さなかった。
*
「説教は終わったか?」
執務室から程遠く、二番隊隊舎の一角。屋根の上に寛いだ黒猫がを見下ろしていた。
「夜一…様」
明らかにとってつけた敬称に、夜一は皺を寄せて鼻を鳴らした。確かにかつて自分が長を務めた二番隊隊舎であるとは言え、最早それは過去。今周りに他の気配がないことも互いに分かっている。
「止めんか。今更貴様が様呼ばわりなど、薄ら寒いわ」
どうもこの男は自分に理解出来ないところで形式ばる。今もこうして様などと口にしたくせ、頭を下げるでも畏まるでもなく、視線すら寄越しもしない。もっともそれに不満を覚えたことはない。礼節をと強いた覚えもない。
「…大事はない」
変わらずどこか遠くを見たまま、が口を開いた。
「んン?」
「技も器も、砕蜂隊長は一隊の長として十分に足る方だ。気にする必要はない」
「…誰がっ、何の心配をしとるか!」
勢いに任せて立ち上がってから、盛大に舌を打った。誰が、何の、心配をしていたか、認めたも同然だった。忌々しいと睨みつけた顔は、何の変化もない。
実のところこうして顔を合わせてゆっくりと言葉を交わすなど久方ぶりなのだが、全く変わってない、と夜一は思う。今此処にはいない幼なじみのひねくれ者にも少し似て分かりにくくそれでいて異なる朴訥な言い回しは、下手な皮肉などよりよほど夜一の良心とやらを刺激する。或いはそれこそ狙いとわざわざ朴訥さを装っているなら尚更質が悪い。恐らくは生来のものであろうが。
「…身体の方は、もう良いのか」
「ああ」
決まり悪げに尋ねれば、予想通りの返事が返る。実際そちらの方はさして心配していない。身体の傷など、すぐ癒える。
「………己を責めすぎるなよ、」
厄介なのは目に見えない傷。癒えるに時間がかかるうえ、下手をすれば傷を負った自覚すらない。目の前の男は負った傷に努めて鈍感であろうとしているように、夜一には思える。
強い男ではある。自分が認めるほどには。だが普段痛みに強い程、いざそれを自覚した時には危うい。傷つき倒れ、一人朽ちていく様を見たくはない。
「崩玉は奪われたが、まだ手は、」
「夜一」
無機質な声が夜一の言葉を遮った。
「…何じゃ」
「砕蜂隊長と仕合ってお前も無傷とはいかなかっただろう。現世に戻るまで、休め」
まるでこちらを案じたような言葉。だが視線も寄越さず、冷たいばかりの声に込められたものを読み取れないほど、浅い付き合いではない。遠ざかる背が、夜一の一切を拒んでいた。
声も言葉も気持ちも、何もいらない求めていないと。
「……うつけめ…ッ」
あの鉄面皮を思い切り引っ掻いてやれればどんなにか胸の空くことだろう。
それがにとって何の意味も為さないと十二分に理解していながら、夜一は飛びかかりそうになる足を宥めるに随分と苦労をした。
2011/02/02
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