二つの力が反発しあう。苛烈に、決して混じり合うまいと互いに叫んだ。
先刻白哉と一護が刃を交えた時のように、大気を巻き込んだ霊子が目に見えるほどの形を持って立ち上る。耐えきれず大地が悲鳴を上げた。
「……ッ」
全身からほんのわずか残った力を吸い取られるような気がして、しかし逃げることもかなわず一護はただ身を固くする。ルキアも同じだった。倒れこんだ白哉と共に、互いが互いを庇いあうような形になっているのを視界の端に認めながら、何とか一護はの方へと顔を上げた。
力の渦の中心に、藍染とが対峙しているのが分かる。藍染はやはりその表情の変えぬまま、だがしかし片腕から、はたり、と地に滴る赤が見えた。対するは傷ついた体のままであるのに、先ほどよりずっと確かな姿で刀を手にしていた。出血の勢いも鈍くなっている。
斬魄刀の力だと、覚えのある感覚に一護は察しがついた。解放された斬魄刀が一時的に出血を抑えている。だとするならば、あれこそがの斬魄刀の姿。
「何、だ…?」
多量の出血で意識が朦朧としているのか。それとも目が、おかしくなったか。朝靄でもかかったかのように、視界が淀む。
靄は特に、の周りに酷い。その姿さえ隠してしまうほどに。
分かるのは鋼と鋼が打ち合う音。藍染は動かない。の姿が目で捉えられないのは靄の為か、その速さの為か。
「―――ぉ、おおッ!」
空気を震わせる、の咆哮。一際大きな霊力の衝突があって、それからが靄の中から飛び出した。一瞬その姿が露わになるが、だがすぐにまた白く霞む。漸く靄は錯覚などではなく、の斬魄刀の力なのだと確信がわいた。目眩ましか、動きを制限するのか。兎に角靄に包まれてから藍染の動きが鈍くなったのは間違いない。
「…これが、君の。そうか」
藍染が一人ごちる。血の伝う己の腕を見つめながら。その様を目に或いはここで食い止められるのではと、可能性を誰かが抱いた時だった。
藍染が、笑んだ。
「君はまだまだ、未熟だ。十九席なんて数字も当然に」
隊長が隊士を諭す口調だった。笑顔も、人格者と名高い五番隊隊長のものだった。
「…そんなことは、」
が何かを続けるその前に。つい、と藍染の腕が上がる。指の先には、倒れ伏す一護。
「破道の八十四」
鬼道には全て順番がある。例外はいくつかあれど、その数字が大きくなれば比例して難度があがる。
力ある言葉を詠い、霊圧を整える。詠唱を破棄すれば発動は速くなるが、その分精密さと威力が落ちるのが道理。そのはずだった。
「紫穿降」
無数の槍が一護に放たれる。避けられない。ただ目をつむる。だが刃が一護を斬り裂くことはなかった。代わりにむせかえるほどの濃度の霊圧に取り囲まれ、えずく。ばたばたっと、落ちるてくる赤いものに顔を上げれば死覇装の背中が見えた。
「あ、―――」
急速にの霊圧が萎んでいく。
一護に降り注ぐそれは、どす黒いの血だった。
「さん…ッ!!」
パリパリと、薄氷を踏み割るにも似た音と共にの眼前、鬼道の盾か、半透明の膜が崩れていって。の片膝もまた地につく。取り巻いていた靄は既に薄い。
残念だ。藍染がため息と共に呟いた。
「君が守るものは、それほどまでに価値のあるものかい?」
その背後か?大地か?
友か、秩序か、それとも世界か?
傷つき血を流して、守る意味が?
「……貴様にも、分かるまい」
残念だと、また同じ言葉が繰り返された。心からの遺憾と憐憫の表情。
「早く思い出したまえ。君が君たる、始まりを」
「始まり…だと?」
「全てを思い出した君ならば或いは―――歓迎しよう。、」
何を馬鹿な、と吐き捨てるから視線を外し、足を向けた先にはルキアと白哉。その背にの制止が虚しく響く。立ち上がり、出来ず、手をつきまた血を流した。
「君に、この世界は優しくなどない」
君の求めるものは、最早ここに存在しないよ。
背後にいる一護にの表情は見えない。けれどその全身が刹那、震えたのが分かった。まるで雷に打たれたように。
「―――藍染!!」
力の奔流。決壊して溢れかえるそれは、とても理性あるものと思えない、ただ他を呑み込まんとするだけの濁流。
血もまた、の体から溢れる。先程より勢いを増して。
やめてくれと叫んだがその声も力の渦に呑まれた。例え声がでても、きっとには届かない。
(やめてくれ)
どうしてこの体は動かない。確かに強くなった筈なのに。また目の前で失うのか。
また護れないのか。
ルキアも白哉も、恋次も、も。
(止めてくれ、誰か)
藍染を。を。
「―――動くな」
それは果たして、藍染に対してだけの言葉だったか。
「…これはまた、随分と懐かしい顔だな」
夜一と、砕蜂。琥珀の視線が一瞬だけに注がれる。動くなと、再度繰り返されて。
二人の乱入者に激流は大きく乱れた。更に現れた瀞霊廷南北東、三門の門番。それを即座に西門の門番、児丹坊を従えた志波空鶴が討ち―――
「逃げ場はないぞ」
激流は援軍に消えた。
山本総隊長をはじめ一堂に会した隊長格の面々。
確かに何者も逃げられまいと、思った一護を浅はかと言うのは容易いが。大罪の反逆者が虚と手を組んでいたと予想していた者がどれほどいたか。
天から注ぐ光が藍染の体を宙にすくい上げた。
さようならと、侮蔑の挨拶を残し。
反逆者たちは空の溝に姿を消した。
はそれきり意識をなくした。
2011/01/18
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