07

「多賀谷孫平。ってのは、知り合いだよな」
「…前も、お答えしませんでしたっけ?」

 惚けてんですか?とは例の可愛らしい小さな頭をこてんと傾げる。
 この皮肉屋で早々慌てたりしない図太いところが、京楽とウマが合う理由なのだろうか。流石に他隊の隊長と対した時にはこの無礼さもなりを潜めているが。

「惚けてないからも一回聞いてる。知り合いなんだろ」
「そうですよ」
「怪我をしていたところ助けたって?」
「ええ」
「……それだけかって、俺は聞いた筈だけどな」
「それだけですって答えましたね、私は」

 はーぁ、と態とらしいため息をついているのに、目の前のはツンと澄ましているばかり。あくまでしらを切る、というよりは半ば意地になっているというような。

「それだけじゃないだろ」
「檜佐木副隊長のご質問にはちゃんと答えましたよ。私があの人をお世話したのはその時だけです」
「お前はマジで。屁理屈ばっかこねてっとそのうち痛い目見るぞ」
「性分ですからしょうがないですね〜」

 目の前に燃える小さな炎を見つめながらが言ってのける。
 討伐遠征の、野営の為張られた天幕の中での事だった。明朝には先に発った調査隊が戻るはず。交代の妙で偶然と二人になり、静けさに何となく口をついて出た先日の調べの結果だった。
 怪談の代わりに身の上話、でもないが、偶々他の話題がなかった。二人でいて沈黙が辛いような可愛げのある相手では互いになかったが、だからこそか、口にしていた。

「別に隠すようなことでもないだろ」

 言いながら正しくないなと、感じていた。
 護廷は実力至上。それは間違いない。例えどんな良い家柄のものであっても、それで虚が斬れるわけではない。実力以外の力で地位について、危うくなるのは自分の身であるから。
 だが関与する余地が全くない、わけではない。
 例えば実力の拮抗している二人の死神が一つしかない席官の座を狙っていたとしたら。
 一人が流魂街の出身で一人が貴族の出であったとしたら。
 席官には貴族の者がなる。少なくともその可能性が高いと、暗黙の了解であった。
 そんな依怙贔屓、と言って良いのか、兎に角特別扱いを嫌って貴族の出であると明らかにしない剛毅な者たちもいないではなかった。家柄など関係ない、実力のみで己を計れ、と。目の前の捻くれ者がそうした理由で出自を隠していたとしても違和感はない。

「……孫平さんは、」

 の口からおもむろに出てきた名前が誰を指しているのか分からず一瞬呆けて、だがすぐさま件の男の名であると思い至る。

の家にずーっと仕えてくれてるお家の方です。だから孫平さんには、私の方がお世話になってたんですよ。生まれた時から」
の、家」
「ええ」

 その言葉のなんとあっさりしたことか。微塵の違和感もない。
 恐らく入隊してからずっと隠してきたであろう事実を指摘され、しかし拍子抜けするほど簡単に認め流して、それから檜佐木が何か言う間を与えず、アレ、知ってます?とは己の胸の前で掌をすり合わせてみせた。

「アレ?」
「竹トンボの作り方」
「竹、トンボ?」
「孫平さん、凄く上手だったんですよ。器用で他にも凧とか独楽とか色々お手製で拵えてくれるのが好きで、実の父親よりよっぽど懐いてましたねェ」

 唐突に始まった昔話についていけない。目を白黒させている自分に向かって、聞いてます、とが片眉をあげて見せる。何のおかしいところもない。いつも通り、皮肉っぽくて人を喰ったような、その顔。

「孫平さんは自分の子供がいないんで、あぁ、お家の跡取には妹さんの子をご養子にもらっているんですけどね、だからか可愛がってもらったんです」

 最早ああそう、としか返せず、だがは檜佐木を置いてけぼりにすることもなかった。聞いているかと再度無言で確認し、それにまた無言で先を促す。

「だからか、心配をしているんですよ。あの人は」
「心配。お前を?」
「いつまでたっても子供みたいに思われてるんでしょうねぇ。色々説教されちゃいました」

 不義理してましたから当然ですが、と炎から目を離し、珍しく苦笑して見せた。小さく爆ぜた炎が常にない影を、の顔に作り出していた。

「…会ったのか?その、孫平さん、に」
「ええ。墓参りの後に偶々」

 目を見開く。尋ねずとも、貴族会合の理由のそれを指していることぐらい、簡単に察しがつく。
 
「その、墓って」
「許婚の、です。元」
「い…っ!?」

 一層目を剥いた檜佐木に、貴族には珍しい話じゃないですよ、とはごく簡単に言ってのけた。

「そっ、そうかもしんねーけど、お前に…!?」

 のそうした話は、聞かないわけではなかった。見目はすこぶる良いこと、正体を知らない他隊の誰それとどうしたこうした、噂もあったし本人が口にしたこともあった。酒を飲めば猥談に乗る一面も知っている。だが許婚、の堅苦しい音と檜佐木の良く知る補佐のと、どうも二者は上手く結び付かない。檜佐木の中で。

「む。なーんか失礼ですねぇ?」

 檜佐木が驚いた理由とが口をとがらせる理由と、恐らく微妙に食い違っているとは思ったが、自身も上手く説明が出来ず、いやその、と口籠りながら無理に話題を変えてみる。

「あー…、やっぱその許婚ってのも結構な家の奴だったりする…んだよな?」
「三反田家って言って分かります?家とは同じくらいの格式なんですが」

 正直聞き覚えのあるようなないような。答えずいるとくくっとわずかに身を折ってが笑いをもらした。何が可笑しいのかと憮然としていると、、

「疎いんですねェ、檜佐木副隊長は」

 そう言ってまた笑った。馬鹿にしたようなセリフだったが、馬鹿にされたとは何故か思えず、それ以上言葉を紡げない。

「三反田、明ミツって、名前でした。あの人」

 ぽい、と一つ木っ端を炎へ投げいれながらが言った。

「あの人とは物心つかないうちからの幼馴染というやつで、年も二つしか違いませんでした。許婚というのは親同士の口約束でしたけど、まぁほとんど決定事項で。」

 名前を明かしておきながら、あの人、と呼ぶ声は淡々と本に書かれた物語を読むようだった。

「のんびり、というよりはちょっとばかり足りない感じの、貴族の三男坊で。婿取りの予定でした。家の長子は私で、下は妹ですから」

 語らせてやった方が良いのだとは思う。若干の興味もある。長年自分の片腕だった者が貴族の、それもかなり上級の出であることすら自分は知らなかった。
 隠されていたということに対する憤りなどは感じていないかった。感じていない筈だった。

「向こうは三男坊ってことで随分甘やかされて育って、私は跡取で期待されて厳しく育てられて。でも私優秀でしたから特に問題なかったです。小さい頃から何をしても他より飛びぬけてましたし」
「…おい、話変わってねぇか?」
「別に変ってないですよぅ。これは純然たる事実とゆーやつです」
「はいはい…」
「…ほとんど一緒に育ちましたけど、あの人、完全に私の言い成りでした。子分とか手下とか、そんな感じですか。苛々させられてばっかりでしたねェ」

 しみじみと語る様子はどこかわざとらしさがあったが。しかし嘘は言ってないだろう。
 三反田明ミツとやらを檜佐木は全く知らないが、の語った通りの情景を想像するのは容易かった。その頃のはきっと、今以上に鼻持ちならない子供だったのだろうな、とも。上級貴族の嫡子として生まれ、気位も高く。だが周囲に愛され、天真爛漫に振舞う少女の。その後ろについてまわる少年。時折邪険に扱われて顔を歪め、それでも必死についていく。微笑ましいと言って多分誤りではないはずの、情景。

「……許婚が、嫌になったのかよ」
「不満は多少。でも他を選ぼうとは思いませんでした。…思いもつかなかったって方が、正確ですね」

 みんなそんなものだと思っていましたから、と己を自嘲する表情は、初めて見るものだった。今夜はに関しての初めてが多い。

「でも、東仙…隊長に会いました」

 視線が目の前の炎から檜佐木へ向けられる。久方ぶりに聞くその名前は、未だ大きな力でもって檜佐木の心臓を揺さぶる。そしてそれは、恐らくにとっても同じことだろう。恍惚とした光が一瞬だがその眼に揺らめいた。

「貴族のお遊びで出た流魂街で、虚に襲われて、助けられて。世界が変わったんです。一変しました。私もああなりたいと思った。死神になろうって決めたんです、その時」

 まいった、と思った。そっくり同じだった、自分と。助けてくれた相手こそ違うけれど、の語る内容には共感でき過ぎて他人事とは思えない。それともこういった志望理由のほうが大多数なのだろうかと、むず痒くなる背中をもてあます。

「…それから直ぐに、死神になったのか」

 居心地の悪さを誤魔化すように言った呟きに、は首を振った。

家…というか両親は死神が大嫌いで」

 それもまた、珍しい事ではない。貴族の内には死神を見下すものもある。貴族たちの小間使いのように考えている輩も、少なくない。

「了承は結局得られなくて、家は出ました」
「それで、絶縁状態、か?」
「まぁ、籍自体はまだありますけど」

 死神になりたいって言いだしたから廃嫡、なんて早々できませんよ、と苦笑が漏れる。

「そう出来ればお互い楽になるんですが、なかなか」
「廃嫡って、そんなに難しいのか?」
「うーん…そうですねェ、簡単じゃァないですよ。悪い事したわけじゃありませんし、親と相性が良くないからーなんて理由だけじゃとても」
「そりゃ、そうか」
「ましてや三席にまでなっちゃってますからねェ。そんな出来た娘と絶縁、なんてうちの両親にはとても出来っこないです。貴族ってのは体裁でご飯食べてるようなところもありますし」

 自分を出来た娘と言い、両親の、貴族の性を辛辣に扱き下ろし。
 冷静な声が返って痛々しく聞こえる、と言えばはどうするだろうか。また苦い自嘲を浮かべるか、それとも怒るか、泣くか。後者のどちらも檜佐木は見たことがない。自嘲ですら今夜初めて目にした。
 毒を含んだ艶やかな笑みばかり、見てきた。仮面だったのだろうかと今更ながら考えては見るものの、長年の付き合いで築いたものが、否と答える。ただ使い分けていただけだろう。喜怒哀楽のうち喜と楽ばかり強調して、怒も哀も気づかせないように。
 ちゃんと知っている。叱責や反論を能面のような顔で受け流し、その後ろで食い込んだ爪で血を流さんばかり握りしめられた拳も、檜佐木は見てきた。

「話し合って和解ってのは、出来ないのか」

 檜佐木のその言葉には殊更はっきりと、強い調子で一言、無理ですとは答えた。

「…家族だろ?」
「家族ですけど。ちゃんと血のつながった」
「ならなんで。話せば分かるはずだろ」
「分かった上で、無理なんですよ。私が戻っちゃ、色々都合が悪いんです」
「都合って、何の」
「今は亡き、我が未来の夫。と、それを取り巻く人々の…まぁ主に後者ですが」

 死人にくちなしですから、と言いながらはコリコリ頭をかいた。ばつの悪そうな表情だった。

「あの人、私の後を追っかけて死神になったんです」
「元許婚、が?」
「しょうがないなぁ、とかなんとか言って。は一度言いだしたらきかないから、とかって、知った風な口きいて。気が済むまで付き合うよ、なんて、恩着せがましいこと言って。成績なんか私の足元にも及ばない癖に、運の良さで卒業試験に合格して、あろうことか九番隊に滑り込んで。きっとそれで一生分の運、使い果たしたんですね。

「入隊から半年経たないうちに死にました。

「任務で、です。

「私の所為です」

 新たな木をくべなかったから、火は少し小さくなっていた。

「…そんなわけねーだろ、死神で、任務なら」
「あの人が死神になったのは、私が理由です。私がいなければ、あの人は死神にはならなかった。自惚れでもなんでもない、それが事実です」

 自惚れなら良かったんですけど。

「相手の家からは縁切りだと言われ、以来音沙汰なしです。貴族会合の日のお休みは、そういう理由です。その日なら誰もお墓になんて来ませんから。その日しか、行けないんですよ。

「ああ、妹も私を罵りました。あの人のことが好きだったみたいで。返せ、なんて言われちゃって。そりゃおかしいですよね、最初から一度だって自分のものだったこともないのに。

「まぁそういう事情で、私が家に戻るのは無理なんですね。同程度の位の両家が仲違いするのは互いにとって好ましいことじゃないし、次期当主予定の妹は私の顔も見たくないし」

 理解、出来ますかね?とが小首を傾げ、上目に檜佐木を窺ってみせた。

「檜佐木副隊長、貴族のことには疎いし、ちょっとややこしかったですか?」
「…んなこと、ねぇよ」
「そうですか。うーん、でもすいませんでした。こんな時に面倒くさい話聞かせて」
「いや、」
「でもちょっと、すっきりしたんで。ありがとうございます」
「そう、かよ」
「…隠しててすいません。檜佐木副隊長には、あんまり言いたくなかったんですよね」

 何故、と聞くことはなかった。聞かなくても分かる気がして、その時はつい黙った。あまりに多く、予想していなかった情報が一気にもたらされて、これ以上新たに何かを聞きたくなかった。
 双方黙ったまま火を見つめ、がまた新たな木を投げ込み、淹れた熱い茶を飲み、が戻り交代をして。無残な姿で戻った調査隊の知らせを受け、機会を逃してはならぬと野営地を飛び出したのが夜明け前。
 聞くべきだった。
 あの時、何故己に自分の過去を言いたくなかったのかと。
 沈黙の満ちる空間で、確かに気づいていた。
 が内心で恐れていたことを。自分たちの間に妙な壁が生まれはしないかと、これまで通りの副官とその補佐として変わらないでいられるのかと。
 過去など家柄など、自分とが築いてきた信頼に、死神たるに、何一つ影響を及ぼすものではないと、言って欲しかったこと。
 本当にその通りであるのに、何故自分はあの時声にして言ってやれなかった。
 真っ赤に染まるにも真っ白に包まれるにも、檜佐木の声は届かないのに。

2011/05/06







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