04

 粋を好む八番隊隊長、京楽の私邸。細部までこだわった造りの庭で数人が酒を飲み交わしていた。夜空に浮かぶのは円に少し足りない月だったが、光は手元を見るには十分すぎるほど強い。
 様々な遊興に通じた京楽であるから出す酒もそこいらのものとは一味もふた味も違う。滅多に口に出来ないと思うと貧乏性な根でつい過ぎてしまい、僅かに離れた場所で酔いを醒ましていた檜佐木の隣に、徳利と猪口を携えた邸の主が腰を下ろした。

「良い月だよねェ」

 さほど強くはない檜佐木がその場にいる理由をちゃんと察して、猪口は一つしかない。徳利を手に取ろうとする檜佐木を、いーからいーからと制して、手酌で美味そうに京楽は酒を呑む。隊長でしかも上級貴族でありながら気さくな人柄は、檜佐木も良く知るところだった。

「先日は、お世話様でした」
「え?ああー、いいえ。そんな、任務ですよ」

 京楽の言う先日、が貴族会合のことを指しているのにややあってから気づく。上級貴族たる京楽も勿論あの場にあって、檜佐木たちに護られる側にいた。

「お疲れ様だったねぇ。君が来てからは初めてでしょ」
「それほどでもないッスよ。他の奴等は良く心得てますし、実際何事もなく終えられましたし」

 確かに多少緊張はしたが十三年に一度の大仕事は今回もつつがなく終えられた。これでまた次の十三年後までは無用な肩肘を張らずに済む。更に言えば相方と仕事の二分も、次回は期待して良い。気が楽だと笑った檜佐木に、京楽もそうかい、とにこやかに相槌を打つ。

「九番隊はなかなか、優秀な子が出てきてるからねェ」

 過渡の時だと、京楽の言葉は的を得ていた。
 東仙という要石をなくし、新しくという種火が投げ込まれ、隊全体が煮える鍋のように落ち着かない。だがそれは、大げさに言えば再生の機会でもある。同じく旗頭を失くした三や五より一足先に九番隊はその時を、それも随分良い形で迎えていると檜佐木には思える。
 ありがとうございますと下げた頭に、いやいやと京楽が手を振った。

「ただ事実を言っただけだよ。そもそも隊長格が優秀じゃなきゃ良い席官が出てくるはずもない」

 明らかに過ぎる褒め言葉に、照れるよりも酔っているのかと檜佐木はその顔色を窺った。
 軽い言動に、人を褒めることも良くある京楽だが、こうした手放しのセリフは珍しい。皮肉屋というか素直でないというか、本当の賛辞は言われた本人もなかなか気づけない言い回しで持って表現されることが往々なのだが。

「君とか、三席の。ちゃんとか、ね」

 熱も落ち着き始めた身が更に温度を落とす。
 貴族会合の警護は十三年に一度の重要な任務ではある。だがどこにどれだけの人員を配置するかなど警護の詳細は全て隊の裁量の内。警護される側の貴族たちはたいして関心を示さないし、きちんと体裁が整っていれば書類上も問題などない。
 けれどやはり隊の長の目は違う。気づかない筈はないかと、檜佐木は己の手に視線を落とした。

ちゃん、相変わらず?最近会ってないんだけどなー」

 交友関係、女性に関しては特に顔の広い京楽は当然と言うべきか、とも良く顔を合わせている。大柄な京楽と小柄なと、一緒にいれば親子のようにも見えてしまう二人だがなかなかにウマが合うらしいのは、双方の性格を知る檜佐木からすればさほど意外でもない。

「…相変わらず、ですよ。上にも下にも元気にピーピー喚いてます」
「しっかり屋さんだからねェ、あの子」
「ええ。俺も、助かってます。優秀な下で」

 それは全く、正直な感想だったが、弁解のような気持ちがなかったと言えば嘘になる。重要な任務に出なかったからと言って、他隊の隊長にあからさまに非難されることではない。現に京楽の声にも咎める色はないが、の不在に許可を出したのが副隊長たる自分であることを思えば多少の後ろめたさを覚えるのも当然だった。

「そうか……ちゃんは、相変わらず、かァ」

 ねェ檜佐木クン、と酒を注ぐ手を止めず京楽の呼んだ自分の名が、明るい闇夜に沁み入る。

「過渡の時だよ」
「はい」
「色んなこと、変えてって欲しいなァ。僕としては」

 猪口に注がれた透明な液を美味そうに嚥下する様を見ても、今夜はもう欲しいと思わない。

「色んなこと、ですか」
「そう。今まで当たり前にあったこととかもね」

 必要な変化かどうか、君なら分かるよ。
 いつの間にそんなに飲んでいたのか、ああ無くなっちゃった、と徳利を振って京楽が腰をあげる。戻るかと尋ねられたのに辞去の意を伝え、檜佐木も腰をあげた。
 明かりも必要ない夜道を歩きながら、まだ酔いの続く頭はぐるぐると京楽の言葉を再生する。それから、公でも私でも漸く慣れてきた相棒のことや入れ替わってくる席官、新人たち。付き合いの長い副官補佐。
 必要な変化か否か己ならば分かる。そう京楽は言ったが、酷い買被りだと檜佐木は己を皮肉気に笑う。変化はいつも、己の預かり知らぬところでいつの間にか始まるばかり。出来るのは精々、その流れに取り残されないようついて行くことぐらいで。
 大きな変化を恐ろしいと思うのは、長い生のもたらす弊害か。自分が臆病であると認められたことだけは、唯一成長と言っていい変化なのかもしれないが。

2011/05/05







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