『09.順序とか!人目とか!あるでしょ色々!!』
よぉーしちょっくら待てひとまず落ち着け、んで良く考えろ。それ自体もう何度心中で唱えたか分からないが改めて熟考を重ねてみようではないか。昼時、食堂、その一角。自分の目の前で飯を食うこの女について。
、十二番隊第九席。
元、四番隊第五席。
自ら希望して降格異動、奇人変人の仲間入りした立派な物好き。
活字中毒の記録魔の人見知り。
ぶっきら棒で口も悪い。
四番隊ならではの治癒鬼道をはじめ、死神としての能力は相応だが自己管理能力には疑問が残る。溜め込んだ資料の山で自ら負傷、床板破損の前科有り。
「……そんでもう、どっこも問題ねェのかよ?」
「おー。すこぶる好調だよ、おかげ様で」
でも失敗は素直に認める。
「そっちこそ、ちょっと顔色悪いんじゃねぇの」
後輩たちからは面倒見が良いとの評価も有る。
「や、別に…」
「本当か?ちょ、見せてみ」
「…っ!」
額にあてられた手は小さい。
ひんやりしている。
でもちゃんと戦う者の手でもある。
「だ…ッ、いじょーぶだって!」
「でも少し熱い、」
「元から体温高めなんだよ!!」
「……そうかよ?」
首を傾げる様にはちょっと愛嬌があって。
「まー、大事ないならいんだけど」
たまに見せる笑顔は、常より幼い印象。
「………もっと笑や、良いのに」
「は?」
思ったことがつい外に出ていたらしい。何でもないと口をつぐむが、本気で無意識だった。かなりやばいコレは。訝しむのを無視してやり過ごすが、異常に早い脈拍に今にも気づかれそうで怖い。何せ自分のことは兎も角他人の不調には矢鱈めったら敏い四番隊(元)。
だが仮に気づいたならば、はこれを一体何と診断するのだろうか。
良く分からない専門的な病名をつけるだろうか。それとも、どんな名医にもクサツ(現世の地名らしい)の湯にも治せぬ病だと、言うだろうか。後者と判断した場合、次にどんな処方をするだろう。原因は誰だと尋ねるか、
(動揺、はしねぇか…)
冷静に対処法なんか教えられたりしたらちょっと、いや大いに凹んでしまいそうだ。
待て。いやもうこれ、本当に例の病で決定なのか。こいつ相手に。勘違いじゃないのか一時の気の迷いとかでないのか。十分あり得る話だろう、だって対象がこんな、本の虫でぶっきら棒で記録魔で自己管理がなってなくて人見知りで、でもまァその分慣れてきたら面白いと思えなくもなくて貴重な笑顔とか案外可愛いような気もする、
「―――じゃなくてだな!!」
こんな時ばかりやけに響く声だ、人目が一斉に集中する。慌ててすぐ身を小さくしたが、向かいに座るの、丸い目が痛い。
「……本当に大丈夫なのかよ?」
ため息つくな。
「おー…、ちょっと、まぁ、色々あるだけだ。気にすんな」
「何か悩みでもあんのか?」
自分で良ければ聞くがと親切心のみで申し出る相手に悩みの種はお前だと言うことも出来ず。いっそ言ってしまえばよいのかもしれないが、まだ自分自身の中で確信が持てない。というか、認め難い。
こいつ相手が嫌だから、とかでなくて。
元々嫌いだったわけではない。毛色の変わった奴、と興味をそそられ、共通の友人も多くて親しくなる要素はあった。その言葉通り、全くもってただの友人だったのに。いきなり湧いて出た感情に頭が追いつかない。急過ぎる。ただいきなり過ぎて。
それなりに場数は踏んでいる。好意を持たれたり持ったり。好意を告げられたり告げたり。別れもまた同じ数だけ。だがいずれにしてもこんな唐突な、まるで間欠泉のような、わけのわからない始まり方はしなかった。理性も理屈も吹っ飛ばされるような―――
「おう、。…阿散井副隊長も」
聞き覚えのある声がすぐ近くから、と自分の名を呼んだ。
「阿近さん」
すぐ横にいたのは額の三つ角が目印の、技局の実質ナンバーツーと名高い男、阿近だった。
「ちゃんと食ってるか、」
「見た通りですよ」
皮肉気に口の端をあげる阿近に、いつも通りぶっきら棒にが返す。阿近さんこそ、とその言葉通り男も常から血色が悪い。
(この人が血色良い時なんか見たことねぇけどな)
もしや不摂生で倒れるなんざ十二番隊では日常茶飯事なんだろうか。どっちにしろ何でもありの十二番隊だから、と全てはその一言で片付いてしまうのだが。
「そういや、こないだお前が言ってたヤツ手に入ったぞ」
「こないだのって、井堀センセイの!?」
「おー、ご注文通り八十年前の研究資料な。俺の机の上にあるからもってけ。返さんで良いから」
「良いんですかッ」
「…あんなもん今更読みたがンの、お前くらいだぜ」
「ンなことねーでしょ」
「ンなことあるから探すの苦労したんだっつの。感謝しろよ」
「そりゃもう。ありがとうございます、阿近さん」
「今度データ起こすの手伝えよ」
「あー…ハイ分かりましたァ」
交わされた会話の内容は分からずとも、二人が親しいことだけは良く分かる。それまでおよそ誰に対しても『面倒見の良い先輩』だったが、頼ることに慣れたような態度で。
唐突に思い出される疑問。
四番隊を退所してから自室の床が直るまでの数日間。その間どこでいたのか。
「……なぁ」
「あ?」
きっと杞憂に決まっている。どうせ雛森のところ辺りだ。雛森は退所後のの様子にも詳しかったし、そうに違いない。
「四番隊ンとこ出て床直るまで、お前どこで寝起きしてたんだ?」
何で直ぐ答えを返さない。
何で赤くなる。
「……あー、それは、まあ…」
恥じらう視線は恋次を外れて遠くを。阿近の去って行った方向に。
バネ仕掛けの人形のように立ちあがった。勢い余って後ろに倒れた椅子も、音にまたしても集まる周囲の視線も意識から消え去り、目の前で驚いている女だけが目に鮮明に映し出される。
「何…どしたよ」
覗きこむ怪訝そうな顔も、声も。
既に他人のものだった。
「あ!おい、阿散井ッ!?」
呼ぶ名は自分の名だが、それはただの知人のものに過ぎず。つい最近肩書なしで呼ばれるようになったと密かに喜んだ―――確かに喜んでいたのだ、自分は―――それも一瞬で滑稽なものと成り下がった。
ちょっと待てよ、との声が周囲にも届いたのだろう、先を歩く数人が後ろを振り向いた。その中に、見つけてしまった。白衣を着た三つ角の人。
咄嗟に急停止して反転する。その自分に追いかけてきた者がぶつかってくるのはごく当たり前の流れ。避けようとした足、踵がガクンと落ちた。
「阿、散井ッ!!」
何でこんな処に段差があるんだ?
意味は何だ?
つくった奴出てこい説明しろ。
後頭部に電流が走って視界が、真黒になった。
*
目を開けた時、チカチカと眩しい光が瞬いた。
酷い痛みは頭か、また別のどこかか。
気がついた、と誰かの声が頭に響く。響くくせ、耳に布一枚被せたようにくぐもってもいる。
すぐ目の前で二本の指がひらひら泳ぐ。これ分かるか。
分かる。
何本だ。
二本。
答えるとまた痛みが走った。指が消えて、顔がひょいと視界に映った。眉が心配そうに歪んで、何やら喚いている。馬鹿、とか何で受け身の一つも、とか。言うことはあんまり良いことじゃないんだが、目に映る顔にチカチカと、やたら光が瞬くものだから。理由をあげるとしたらたったそれだけ。
手を伸ばして黒い髪を捕まえた。
く、と引っ張ればそれはほとんど抵抗なしに近づいてきて、だから大丈夫、問題ないと思えた。
「え」
食む。
柔らかな感触を、同じ部位で。
美味くて、満足する。
満足して、多分数秒後、今度は恐ろしいまでの衝撃を鳩尾に喰らうのだったが。
2011/04/30
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