『08.見直した!仲直り!』

 四番隊の病室での騒動からしばらく。噂は七十五日以下で下火になりつつある。四番隊の者からはいまだ厳しい目が向けられるが。取りあえずこうして公共の場で茶を飲んでいても視線を寄越されることはなくなった。
 元々そんな事は端からどうでも良いが、腹立たしさは未だなお恋次の中にくすぶっている。

「…まだみたいだね、その分だと」

 偶々休憩時間の重なった吉良が、同じく茶をすすりながら言った。

「まだって何がだよ」

 言い返せば分かってるくせにと返された。

「仲直りだよ。先輩と」

 今度は言い返さず、代わりとばかり舌打ちをする。また苛立ちが増した。

「仲直りってなんだよ、仲直りって。完全、悪いのあっちじゃねーか」
「原因については僕だって異論はないよ」

 体調管理は当然のことだからね、と吉良も頷く。
 だがそうだろ、と恋次が言うより先にでもね、と遮られた。何だか視線が生温いのは恋次の気の所為か。

「喧嘩は駄目だよ、怪我人相手に」

 ごくごく当然の言葉にぐっと詰まる。

「……まぁ本当、どっちもどっちだとは思うけど」
「お前どっちの味方だよ!」
「どっちにも呆れてるんだよ」

 舌打ちも返せず、くそっと恋次は頭をかいた。
 恋次にも分かっている。売り言葉に買い言葉。原因には本当に馬鹿馬鹿しくて呆れるが、その馬鹿らしい理由で怪我をして凹んでいるであろう相手に大人げなかったと思う。
 だがそれにしたって苛立たしい。心配して駆け付けた相手に何たる言い様かと、思い出すたびむかっ腹が立つ。

「そんなに気にするぐらいなら早く仲直りすれば良いのに」
「気にしてねぇよ。腹は立ってっけど」

 やれやれとため息をつく吉良にもまた少し違う種の苛立ちを覚え始めて、もう良いとばかり恋次は手を振った。

「もー知らね。その話は止めだ」
「はいはい……じゃぁ話変わるけど、」

 昨日やっと床直ったんだって、良かったねぇ。

「話変わってねぇだろそれ!!」

 手の中の湯呑がびきりと嫌な音を立てた。



 それで、十二番隊の隊舎まで来ている俺は一体何がしたいんだ。
 声にもしない疑問に答えを与えてくれる者は当然いない。苛立たしいのは何に対してなのか、恋次自身にも分からなくなりつつある。
 四番隊に担ぎ込まれて数日後、が無事退所したことは雛森から教えられた。怪我自体大したことではなかったし、問題の不摂生による不調もちゃんと良くなったとも。檜佐木も、退所祝いにメシ行ったけどちゃんと食ってたぜ、と。
 尋ねてもいないのに報告してくる面々のおかげで心配は必要ない。それなのに何故か、終業後の恋次の足はここに向かってしまった。昼間の吉良との会話がきっかけであることは間違いないが。
 の部屋の惨状は恋次もこの目で見た。抜け落ちた床と救出の際、廊下に運び出された書物の量と。建物の一階だったからまだ良かったものの、上にあって階下の天井までぶち抜いていたら被害は一人では済まなかっただろう。後始末だけでも相当大変だったとは、やはり直接知ったのではなく手伝いに駆り出された花太郎から聞いた。
 件の部屋の前を角からこっそり窺った限り、山と積まれていた書物の姿はもうない。当然部屋の中までは分からないが、新しい木の香りがほのかに漂っていた。
 その香りにふと気づかされる。
 が退所したのは騒動からほんの数日後。床の修理が終わったのがつい昨日。その間の、数日間。

「あいつ、どこで寝泊まりしてたんだ…?」

 空き部屋とか、女友達の部屋だとか、若しくは

「おいコラ不審者」

 背後からの声にみっともなくも声が出た。

「お―――驚かせんじゃねぇよ!!」
「…そんなに驚くと思ってなかった」

 悪い、と素直だったのは恋次の反応に相手も驚いたからか。部屋の主が、そこにいた。

「あ、あー、直ったって、床。聞いたしよ、どんなもんかと思ってだな」
「ああ、おかげさまで…」

 久しぶりに会うはやはりぶっきら棒で一段と素っ気ない。

「…それで見に来たのかよ?」

 胡乱気に見上げられて、だが動揺から立ち直りきっていない恋次はああだのううだの、妙な声をあげた。何故こんなに動揺しているかは自分でも分からず。
 恋次の挙動不審をどう取ったか、が呆れ気味に息をついた。

「仕事してろよ、副隊長殿」
「な……って、?」

 流石に言い返しかけた恋次の胸辺り、紙袋が押し付けられる。

「…何、だよ。これ」
「冷めちまったのはしょうがないんだからな」
「は?」

 一体何なんだと中身を探れば、甘い香り。

「タイヤキ…って?は?」
「『阿散井副隊長殿は今日、早く上がっちゃいまして』って。…出来立て持ってったのに」
「持ってって、もしかして六番隊までか?何でまた」
「……察しろよ、鈍い奴…」
「だから、何をだよ!」
「詫びだよ、詫び!!悪かったって言ってんだよ!」

 驚きはしたが。
 それよりも同時に、見る間に消えていく苛立ちだとかの方が大きかった。

「心配させた。悪かった。ごめん!」
「…お前……それ、横向いて言うな?」

 全く素直でない事には苛立つよりも最早笑えてしまう。捻くれ具合を自覚はしているのか、耳まで赤くしたがフン、と身を翻した。

「あ、おい」
「早く来いよ!茶ァくらい淹れるから!」

 苦笑を浮かべながら招きに応じて、入った部屋はまた一段と木の香りが強い。出された座布団に腰を下ろしざっと見た部屋の内には、予想していたモノがなかった。

「お前…あの本は?」

 一つ据えられた大きめの本棚にはぎっしりと中身が詰められてるが、あの時の量全てが収まっているとはとても思えない。

「ああ、売った」
「売ったって、全部か?」
「そこにある以外はな」

 売れなかったモンもあるけど。
 茶を淹れながら事も無げには言ってのける。

「どっかに預けるわけにもいかねーし、修理代もつくんなきゃなんなかったし」

 売るとこ売ったら結構な値にはなったと、その言葉に疑問はない。門外漢の恋次には分かりかねるが貴重なものには新作のゴーグルがいくつも帰る値がつくものもあると聞く。加えてあの量ならばそんな本も一冊ではないだろうが。

「…良かったのかよ?ンな大事なもん」
「別に。後生大事にしまい込む趣味はねぇよ。本は誰かに読まれてこそだろ」
「そりゃまぁ…そうかもしれねーけど」

 だったらあんなに溜め込むなよ、と突っ込みは恐らく正しい。そうすれば床が抜けることもなかっただろうし、金欠で食事を抜くことも少なくなるのではないか。

「溜まると面倒になるんだよ…」

 そっぽを向いたその横顔に、今度は恋次もため息をこらえた。反省は、本物らしい。
 熱い茶が美味かった。

「…ま、今度から小まめに整理するこったな」
「…心がける」
「あとはメシと睡眠」
「わーかってるよ。母ちゃんは心配すんな」
「誰がお前の母ちゃんだ!」
「はは」

 本当に、久しぶりに見る屈託のない笑顔に、胃の中のタイヤキが飛び跳ねた気がした。

「悪かった。ごめんな」

 困ったような笑顔はそれまでうっすらと、だが確かに存在していた境界を取り払ったようで。
 母親ではない。
 母親ではこんな、早すぎる脈拍は、ありえない。
 ならば何だと答えはただ認め難いが一つしか思い浮かばず。
 辛うじて、俺もちょっと言い過ぎたと言えたことは褒めて良い。それから上の空のままタイヤキを平らげて茶を飲んでの部屋を辞して自室に戻って、尚も否定するものを恋次は見つけられなかった。
 脈拍はずっと、早いままだった。

2011/02/27







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