『06.第一歩は相互理解』

 休日の日は何をするか、別にいつもコレと決める訳ではない。副隊長を拝命しそれまでと比べて格段に多忙となって、一日寝倒すことも少なくない。ある意味正しく『休日』なわけだが、それでは体は休めてもその内側が物足りないと訴える。明日への英気を養うべく、恋次は久しぶりに私服で外をぶらつくことにした。
 とは言え明確な目的のない散策では、自然と足は馴染み深い場所へ向かう。
 球蹴り場と勝手に定めた広場。贔屓にしている甘味処に日々の雑多な品を買う店。そして最後に覗くのはやはり眼鏡屋、銀蜻蛉。
 そろそろ新作も出ている頃かと銀蜻蛉が軒を連ねる通りを歩いていると、最近急に見慣れてきた死覇装が目に留まった。とある店から出きたそれは、やたらにふらついている。

「よぉ、
「あー。阿散井副隊長殿」

 背後に追いついて声をかければ、特に驚いた様子もなく、例によってぶっきらぼうな声が返された。
 その腕には重量級の紙の束。先程出て来たのが書籍を扱っている店であることは、想像するに容易い。

「…副隊長殿とかいらねぇつってんだろ」
「あたしは九席、そっちは副隊長。そう言うわけにはいかねーだろう」
「お前の『副隊長殿』にゃ中身がねぇよ、中身が」

 正論だが常の言動を鑑みては、今ひとつ納得しかねる。別に本気で敬意とか払ってもらいたいわけではないが。

「文句言われない程度の体裁が整ってりゃ良いんだよ」

 その、「文句の言われない程度」を十二分に外れていると恋次には思われるのだが。
 変なやつ。に関してはその一言につきる。だが度々顔を合わせたりしていれば分かることもある。
 乱雑な言葉遣いに隠れがちだが、礼儀知らずなわけではない。むしろ礼節だとか筋だとかは意外に通す性分で、加えて多少人見知りと吉良の評価は正しい。最初から考えれば随分と親しくなったが、恋次より長い付き合いの吉良や花太郎と比べればやはり距離がある。
 今もまた、持ってやろうかと伸ばした腕にわずかな逡巡の後渡されたのは、半分よりやや少ない量だった。それでも結構な重さだったが。

「しかしまた随分と買い込んだな…」
「あー…久しぶりで、つい」
「つい、でこれかよ。そのうちマジで床抜けるぞ」

 いつぞや見た惨状、と評して障りないだろう、を思い出して言えば、自覚はあるらしく反論はなかった。眉間に深い皺は刻まれていたが。

「まぁ、つぎ込む気持ちは分からんでもねぇけど」

 俺ァ断然あっちだなと本で塞がっている手の代わり、顎で数軒先の店を示した。
 今日も今日とて盛況の、眼鏡の銀蜻蛉。

「眼鏡?」
「ゴーグルだよ、ゴーグル」
「ああ…、ふーん」

 薄い薄い反応に思わずがくりとなった。

「お前…なんだそりゃ!いつもの興味津々っぷりはどーした!!」

 もう少し何か…あるだろ!と何故だか期待を裏切られた気になって吼えるが、よくよく考えずとも珍しい反応ではない。幼馴染にしろ他の知り合いにしろ、特に女で恋次と同じ程の関心を示す者はごく限られている。

「使わねーもんにまで手ぇ出す余裕はねンだよ。金喰い虫だし」
「本の方が喰うだろ!」

 確かにゴーグル、特に銀蜻蛉の品々は他より一段高い。が、書物とて安いものではない。この量ならば例え古本であっても新作のゴーグルと良い勝負だろう。

「だからだっつってんだろ。金食い虫は一匹で十分なんだよ」

 つぎ込む気持ちが分かるってンなら「こっち」の事情も分かるだろ、と懐を叩く様を見れば反論は簡単に勢いを失う。その言葉通り、つぎ込む対象こそ異なれど散財している事実に違いはなく。他から見れば俺もこうなのか?と近づく銀蜻蛉の看板に複雑な心境になってくる。
 その看板の直前、分かれ道にがじゃあ、と抱える本を叩いて見せた。

「もういいよ、ありがと」
「あん?」
「だって見るんだろ、ゴーグル。ここで十分だし」
「あ、ああ…」

 実にあっさりとした態度に若干戸惑いながら、言われた通り腕に抱えた分を重ねようとした時だった。

 きゅぅぅぅ、くるるぅ

「………」
「………」

 間の抜けた腹の音を恥ずかしいと思う感覚は、まともにあるらしい。あっという間に耳まで赤くする様子はむしろ、バツが悪いというには過ぎるほどだった。

「…お前、昼飯は」

 時間は既にやつ時ですらないが。

「あー…ちょっと、忙しかったから」
「朝飯、つか、ちゃんとメシ食ってんだろうな」

 少し良く見れば、顔色が悪い。目の下にはうっすら隈さえ浮いている。

「…食ってるよ、一応」

 泳ぐ視線が実に怪しい。

「まさか全部これに使ったとか言うんじゃ」
「………」

 沈黙が何よりの証拠だった。案外、と言う程ではないかもしれないが、嘘のつけない性格らしい。

「お前な…」
「や、今日は特別!偶然なんだよ!偶然、絶版になってた本とかあったし!しょーがねーだろ!!」

 言い訳の様子が如何にも常習犯を臭わせて、恋次は深々とため息をついた。ため息つくな!とが吼えたがそれは無理と言うもの、むしろどの口が言うかと恋次こそが言いたい。

「前言撤回だ」
「は?」
「つぎ込む気持ちは分からんでもねぇけど、俺ァお前ほどじゃねぇよ。少なくとも食う分くらいは残しとくっつーの」
「…だから、今回は偶々…」
「あーはいはい分かった分かった」

 往生際の悪い常習犯の腕から再び、漬物石も斯くやと思わせる重量の紙束を自分の腕に抱えなおし、恋次は直ぐ隣の眼鏡屋を後にした。

「ほれ、行くぞ」
「あ?ちょ、何処行くんだよ。ゴーグルは?ってか、本、」
「メシ食いに行くってんだよ」

 奢ってやるから心配すんな。
 向かう先は安くて量の多い飯屋。懐のそう暖かいわけではないのは恋次も同様だったが、青い顔をしたを放置もできない。
 大事な大事な本を質に取られて観念したか、空腹に負けたか、実にきまり悪げな顔をしながらも大人しく恋次の後についてくるがぼそりと、お人好し、と呟くのが聞こえた。我ながらその通りだとは思うが、呟く声がまるで子供の負け惜しみのようで、反論をするより先に思わず笑ってしまう。

「何笑ってんだ!」
「ガキくせぇー」
「うっせぇ!」

 子犬が吼えていると思えば、流すことも実に容易い。
 以上、有意義かどうかは甚だ疑問ながらも実に愉快な休日の一日のこと。

2011/02/27







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