後日談02


※冗長な話
※コミックス48巻以降の捏造有り
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『上より召喚有り』

 簡潔極まりない書き置きは、室に入って直ぐの目のつく場所に留められていた。



 もう何度目になるかも忘れた訪問。いつも直ぐルキアを迎える声が、なかった。姿もまた。書き置きを見て心臓が一瞬動きを止める。遂に、と握る拳に力がこもった。
 遂に下される何らかの処分。悪いものであるはずがないと思う反面、不安をかき立てられる。きっと相応しい席を考えるのに時間がかかっているだけだと、恋次とも話をした。だが単なる昇格にこんなにも時間を要する理由は何か。
 書き置きを残せると言うことは余裕があり、かつそれを許可されたと言うこと。字にも乱れはなく、手荒く連れて行かれた分けではなさそうだが、単に『上より』としか書かれていないのでどの段階の呼び出しなのかはっきりしない。直属の上司か、それよりもっと上からなのか。

「何も、分からんだろうが…!」

 配慮のつもりだろうが返って不安を掻き立てられて、ルキアの手の中で紙が皺を寄せた。

*

 今日の仕事が終わっていて本当に助かったとルキアは思う。
 結果を聞かずにこのままでは何も手につくまいとの帰りを待つことにしたのは良いが、室で待つのも何となしに躊躇われて、ルキアは二番隊隊舎前の待機所に場所を移した。大前田副隊長の財力のおかげか矢鱈と快適なそこに腰を据えて待つが、が戻ってくる気配は一向にない。時間の経過と共に益々不安が募る。悪い処分ではあるまいと確信がぐらぐらと揺れに揺れて、とうとうルキアは待機所を飛び出した。
 飛び出してからどこに行けば良いか考える。恋次ならば、浮竹ならば何か聞いていないか。迷って六番隊へ向かい、その途中で恋次が今日は隊にいないのだと思い出して舌打ちをする。すぐさま進行方向を返して自隊の隊舎に向かい、直にその建物が見えてこようかと言うところで。

「朽木か?」

 声をかけられた。
 その声でなければ無視していたかもしれない。まさしくルキアの探していたその者の声でなければ。

「…!」

 夕暮れ時の光を浴びて全身が朱に染められつつある。それ以外はつい先日会った姿そのままの、だった。

「お前…、書き置きが」
「ああ、読んだのか」
「召喚とはどこへだ?今までかかっていたのか?結局何と、」

 矢継ぎ早の質問に、珍しいことに何と答えるべきかは迷っているようだった。少し言葉を濁してからまず、待っていたんだが、と言った。

「待つ?何を、」
「朽木を、十三番隊の隊舎前で」
「何故」
「まず朽木に知らせようと思って。上から解放されてすぐ訪ねたのだが…入れ違いだったようだな」

 ルキアは二番隊でを待ち、は十三番隊でルキアを待ち。
 ゆるゆると、言われた事実に理解が及ぶと同時に何とも言えない気恥ずかしさ、嬉しさが湧き上がる。
 恋次がいないから、今日は。だからルキにアに一番に知らせようとしただけだと、己に言い聞かせるがどうにも上手くいかない。血があがっていく。夕暮れ時で助かった、本当に。

「そ…それで、処分の方は?上は何と…」

 少しばかり早口になった次の質問には、直ぐに答えが返らなかった。代わりに場所を変えないかとは言った。視線は相変わらず読めないが、それでも真剣そのものであると分かって、ルキアは頷く。



「ここで、良いか」

 連れ立って行ったのは人気のない空き地だった。高い位置にあって精霊廷を少し見下ろす形になる。

「寒いかもしれないが」
「構わん、から」

 確かに晩秋の、それも夕暮れ時の風は冷たい。だがそんなことは今はどうでも良かった。早く話せと催促に頷き、は小脇に抱えていた包みを解いてルキアに見せた。

「これ、は…!」

 包みの中にあった物に、ルキアは息をのむ。

「副官章、ではないか!しかもこの隊花は…」

 白罌粟の花、九番隊のもの。

「これを渡された。山本総隊長から」
「総隊長から…」
「明日、正式に異動する」

 開いた口が塞がらないくらい、驚いた。呆然と、理解出来ない。
 昇格は疑問ではない。だが五分五分だと思っていたし、それがまさか副隊長とまでとは。否、実力では相応だろう。最も驚いたのは上がそれをすんなりと通したことだった。

「…しかし九番隊ならば檜佐木副隊長殿が」
「檜佐木副隊長殿はそのまま、緊急の一時的な処置として副隊長を二人置くと」

 説明にルキアは眉根を寄せる。そんな配置が今まで過去にあったのだろうか、何だか得心がいかない。
 ルキアの内心を察して、も微かに頷く。

「様子見も、あるだろう」
「…様子見…?」
「俺が護廷に益となるか否か。九番隊の副隊長にも据えれば動きが良く見える。周りには隊長格がいて、三や五よりいざという時の拘束がより確実にできる」
「そんな…!」

 まさか、とは言い切れなかった。多少穿ちすぎだとしても、そちらの方が納得も容易い。

「……受けるのか」
「ああ」
「容易くは、ないぞ。きっと…」
「承知している」

 答える声にも仕草にも迷いはなく、ルキアは己の問いかけが愚問であったと悟る。元より拒否権などあってない。

「そうか、」

 言ってからもう一度、そうかと呟いた。今度はルキア自身に言い聞かせるように。

「お前なら、大丈夫だな」

 声に出せば真実になるような気がするから、不思議だった。いや、きっと真実になる。突然のことに反発も批判も当たり前にあるだろう。でもきっと、なら。

「大丈夫だ。私も…恋次も、いる。だから、大丈夫だ」

 子供に言い聞かせるような言葉など必要ないと思いながらもルキアは繰り返す。確かに嬉しいのに、不思議に理解の及ばない心地だった。不安と戸惑いと、何か、切ない。

「…朽木のおかげだ」

 不意に、視線をルキアから夕陽に染まる精霊廷へと移して、が言った。

「この話を受けられたのも、俺が今ここにいるのも、全部。朽木のおかげだ」

 おかげだと言われてルキアは戸惑う。何かした覚えはない。何かが出来た覚えは、ない。己の言葉が伝わっていないのを承知で、視線はそのまま、は続けた。

「俺はずっと、獣だった。長く死神たちの中にあって、周りと良く似た皮を被ることを覚えはしたが。本性は獣だった」

 朱に染め上げられ話すは、何時だったか現世の、浦原の地下勉強部屋で見た姿を思い出させる。あの時程揺らいではいないけれどどこか悲しい。

「…私の知るお前は。獣では、ないぞ」

 視線は眼下の瀞霊廷を越えて遥かかなたへ。の言うことは分かるようで分からない。分からないようで分かる、気もする。自分の言葉がどれほどの意味があるものかと思いはしたが、それでも言わずにはいられなかった。
 が再びルキアを見た。その視線はまだ悲しい。だが違うものもあった。

「お前が、教えてくれた」
「私が…何を」
「獣ではない、俺を。……覚悟だけはしていた、虚圏へ乗り込む時に」

 実は砕蜂隊長に除隊願も宛てていたと、初めて明かされて驚いた。追及したかったが、咄嗟に抑える。が自ら話してくれるのを止めたくなかった。

「藍染に会い、奴の知る真実を聞かされて。……それで全て終わった。何もかも全て、俺の探していたものは全て」

 の探していた真実に一体の虚が深く関わっていることは今聞かずとも察しがついた。あの、と良く似た姿形の破面。

「全て終わって、そこで朽ちても良いはずだった、けれど」

 約束が。誓いがあったと思い出した。

「朽木の声を聞いて。朽木の顔を見て。
 俺の中の、どこか。腹の奥の、奥の、どこか深くが。震えるような。
 熱くなって。
 ……泣きたく、なるような。
 もし俺の中にも、ヒトと呼べるようなものがあるとしたら、きっとあれこそが、
 まだその正体も良く分からないが、きっとあれが」

 静かに、だが熱い声を聞いていられず、真っ直ぐに注がれる薄墨の眼差しを受け止めきれず、ルキアは俯いた。

「…朽木?」

 はたはたと、目からこぼれる熱いものが、地面に落ちてその色を変える。返事をしないルキアを不審に思ってがその身を屈める。頭一つ半は優にあった差が縮まって薄墨色がルキアの顔のすぐ近くを覗きこんだ。
 黒く大きな瞳から涙が溢れているのに、その顔は驚き戸惑っていた。
 朽木、とまたあの声がルキアの名を呼ぶ。ルキアの内をかき乱し、震わせるあの声が。

「……この…、愚か者…ッ」

 頭ではなくて腹の方から飛び出した言葉はそんな言葉だったけれど。
 あの時とは違う。悲しくて歯痒くて、怒りに任せた言葉ではない。打ち震えるのは、怒りからではない。
 拒絶を恐れる心ではない。

「それは、そういうのは、嬉しいと…言うのだ…ッ!!」

 ぱか、と開いた目はあの時も見た。間の抜けた、と誰もが言うだろう、この男には珍しい。
 その珍しい表情を一体どれだけの者が知っているだろうかと思えばまた、足から震える。

「嬉しい」

 まるで言葉を覚えたばかりの子供のように、は繰り返した。

「そんなことも、言われなければ、分からないのかこの馬鹿者!」

 罵倒には、ゆっくり二呼吸ほどおいて、それから緩く笑んだ。
 息を呑むほど、涙も止まるほど、優しい笑みが、ルキアを見た。

「……ああ、馬鹿だな」
「馬鹿者…本当に…ッ」
「ルキア」
「…!」

 涙を拭う掌があった。骨ばって大きく、荒れた指がルキアの頬を撫ぜた。

「教えてくれて、ありがとう」

 腕がルキアの体を引き寄せた。震えを感じたが、それがルキア自身のものかそうでないのかは、分からない。胸一杯に吸い込む、の匂い。

「何が、ッ、馬鹿、者」
「俺の中のヒトを見つけてくれて。俺を、見つけてくれた」
「馬鹿者、」
「ありがとう、ルキア」

 馬鹿者、お前は馬鹿者だと、ルキアが繰り返す罵倒はその内言葉ではなくなった。
 やがて陽が落ちて風が冷たいばかりになっても、ルキアの声が収まっても、ずっと、打ち震える心が静まることはなかった。ずっとそのまま。
 ずっとずっと、そのまま。


<完>

2011/04/02







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