後日談


※冗長な話
※コミックス48巻以降の捏造有り
よろしければスクロールプリーズ






 落ち着かないまま、落ち着き始めていた。
 尸魂界のそこ彼処につけられた爪痕は大きく、未だ血を流している。だがこのままであるはずがないと、癒えない傷ではないと、思える程にはなった。
 喪われたいくつかの穴はまだ埋める手立ての見つからぬまま、放置されている。それしかないし、それで良いとも言えた。大きすぎる傷は、無理に塞げば膿む。
 楽観ではなく待機。
 尸魂界は待っている。玉が生まれいずるのを。
 或いは、還ってくることを。

*

「よう」

 人目を引く赤毛の、六番隊副隊長が二番隊隊士宿舎の一室にひょっこりと顔を出した。

「どうだ、調子は?」

 下位席官用の広くはない部屋。

「阿散井副隊長」

 部屋の主、は唐突な訪問に特に動じた様子もなく、恋次を迎え入れる。広くない空間に大の男が二人いてもさして窮屈さを感じないのは、極端なまでものが少ないから。必要最低限、もしかするとその最低限のものさえ足りていないのではないかと思う程、の部屋はがらんとしていた。

「どうぞ」
「おぅ、悪いな」

 腰を落ちつけた恋次の前に茶が出される。
 急須と湯呑と茶葉と。その一式さえ以前はなかった。何度目かの訪問の際、見かねて恋次が持ち込んだもので、迷惑がるかと思いきや気づかずに失礼したとの方が頭を下げたのだった。今までそんなものを必要とする機会もなかったからと明かされたときに覚えた、何とも言えない思いに背を押されて恋次は以降、ちょくちょくここに顔を出している。
 逆にが、恋次の私室を訪れたことはまだ一度もない。許可していないが為に。恋次がではなく、もっと上が。
 今現在、は謹慎処分中にある。

「まだ…何もねぇのか?」

 持参したタイヤキをかぶりながら尋ねる恋次に、は無言で肯定を示した。
 が上から謹慎を命じられたのは、恋次達が尸魂界に戻ってからいくらもたたぬ時分。藍染によって深手を負わされ、四番隊の救護詰所に収容されたがようやっと隊務に戻ろうかという頃合いだった。
 謹慎理由は一連の命令無視、無断な行動。
 納得がいかないのは本人ではなく恋次とルキアだった。
 あの時、井上が虚圏へ連れ去られた時、待機せよとの命令を無視して行動を起こしたのは恋次達も同じ。それなのに、自分たちに下ったのは一時的な減俸のみ。他の功績と相殺としても、規律に厳しい護廷に於いては破格の温情と思えた。
 だが、ならば何故だけが。
 何の後ろ盾も地位もないを、恋次やルキアを罰する代わりの見せしめとしようというつもりかとも考えた。一時は。
 しかしどうにも、風向きが違うようにも思える。
 一般に命令無視での処分ならば各隊の隊舎牢にでも入れられるところが、自宅謹慎。その上、謹慎と言いつつ室の前には見張りの者も碌々おらず、恋次や他がの元を訪れ話をすることすらいっかな咎められない。流石に本人が外に出たりすればどうなるかは分からないが。
 兎に角非常に拘束力の弱い謹慎処分だった。

「ったくよォ…、処分一つ下すのに時間かかり過ぎだぜ」

 とは言え謹慎は謹慎。気分が良いものではないし、更に期限が決められていないなど苦行に他ならない。まさかこのまま、とは思っていないが。
 今護廷はどこも人手不足に喘いでいる。謹慎処分と言いながら、本当のところ、この男の今後の処遇について審議中なのだろうと、恋次は考えている。
 実力は十二分に目にした。十九席に留めるのは相応しくない。では何席に。力は兎も角その人となりは問題ないのか。
 反逆者が元隊長、と百年以上にわたり欺かれていた事実をうけて、上は余程この昇進に慎重になっているらしい。愚かなと批難することは、同じく欺かれていた側の恋次に出来る筈もない。ましてや欺くの一点につき、もまた同じ謗りを免れない。弁護に回るつもりはないし、第一どう弁護すれば良いかも恋次には分からないが、

「お前、さ。謹慎解けたら、ウチに来ねぇか?」
「それは…つまり、六番隊にと?」
「三席が引退決めたんだよ。随分な古参でな。今回で酷い怪我もしちまったし」

 四席を務める隊士にはまだ少し荷が重い。かと言って他に目ぼしい者もなく、いましばらく三席は空席にしておくかと白哉とも話していたところだった。
 もし今回、時期尚早と下位に据え置かれるならば六番隊がその身柄を引き受けるのも吝かでない。というかむしろ喜んで。
 頭の固い上のお歴々がこの男の人となりを信用するにはまだ時間が足りないのだろうが、恋次にはもう必要ない。
 勿論まだ十分とも言えないが、すぐ近くで背を合わせ共に窮地を切り抜けた。戦場で背を預けるなど余程の信頼がなければ本能が許さない。それがごく自然に。
 言葉では説明できないが、この男は、は大丈夫。本能がそういうのだから間違いない。
 私情がないかと言われれば否定しきれないが、生憎と四十年前のアレを知るのは恋次とルキアの二人だけ。余計なことは言わなければ誰にもわからない。

「大変に、ありがたい話ですが」

 しかし返すの声は固い。

「ンだよ、謙遜なんて今更無意味だぜ」
「いや…謙遜ではなく。謹慎が解けた後、自分がまだ護廷に身を置いているとは言い切れないので」
「………はぁ!?お前…ッ、まさか死神辞めるってのか!?」

 思わず大声をあげてしまう。慌てて口を押さえたが。

「…虚圏に行く前、二番隊の執務室に除隊願を提出しました」

 つまりその処分を覚悟でのあの行動だったと。
 恋次とて勿論同じだけの決心はしたが、実際のところ書く時間もなく結果としてそれで済んだ。

「砕蜂隊長が握りつぶす理由もない。上はそれも、此度の処分について考慮する筈」
「お前、そりゃぁ…」

 思い切りが良いというのか、不運というか。この場合手回しが良すぎて悪いのか。
 一応の功労者をまさか、と思いたいがどう作用するか恋次には予想がつかない。
 唯一の頼みの綱は砕蜂がそれを上へ提出しないことだが、確かにあの職務に忠実なあの人が破棄しているとも考えにくい。

「あ、頭痛ぇ…」

 自分が何とか立ちまわれないかと考えるが、自筆の除隊願はどうにも分が悪い。恋次が思わず頭を抱えたのと同時に、

「…何をしておるのだ、恋次」

 室の入口に小柄な死覇装が、恋次と同じく土産を手に立っていた。

「ルキア!」
「何か知らせが来たのか?」
「まだだが、その事で、」
「ま、ちょ、ッ!」

 席を勧めながら口を開いたを慌てて止める。

「良いか、さっきの件はルキアには言うなよ!」

 首を抑え込んで小声で言うが、言われた方は何故だと首をかしげるばかり。

「余計な心配かけんなっつってんだよ!!」
「余計な心配?」
「いーから言うな!な!?」
「……そこまで、言われるなら」

 如何にも納得のいっていない顔だったが仕方がない。

「全く…一体何の馬鹿話だ」
「別に何でもねぇよ!お、お?お前何持ってきたんだよ?」
「浮竹隊長にいただいた茶菓子だが」
「お、美味そうじゃねぇか。丁度良いから茶ァ淹れなおして食おうぜ!」

 半ば強引に話を逸らす自分に、ルキアの不審の視線が注がれる。努めて無視すれば追及しても無駄、或いは本当に馬鹿話と思ってもらえたか、やがて小さな嘆息と共に視線が外れたのが分かった。やれやれと恋次も息を吐く。
 気づいている、少し前から。
 ルキアが、に向ける眼差しが特別なこと。誰に向けるものとも違う、色んな感情のないまぜになった特別な。
 恋次に取ってルキアは、大事な幼馴染。
 は、信頼には足るがまだまだ良く分からない存在。分からないなりに、その灰汁が強いことくらいは感じている。浦原喜助に四楓院夜一と、友人からして一癖どころではないし。
 要するに、つまり。
 幼馴染を安心して任せられる、とも思いきれないでいるのだった。恋次には。
 本人が良くて選んだ道に口を挟むなど、それも色恋の部類に、無粋の極みと恋次自身思うが、苦労の方が多いと明らかならば止めるのが友情だろう。というか止めたい。本当は、今すぐにも。絶対に面倒臭い。何を考えているのか分からない男だ、は。
 ルキアに対して。
 ルキアの眼差しにも気づいているのかどうか。
 恋次が何か言ってもルキアが何かしても、対応に差がないのは心底気づいていないが故か、または気づいていて応える気がないのか。
 真意を掴ませないという点において、性質は違えど浦原と良い勝負だとは、もう何度思っただろうか。それを鰻と評したのはルキアだが、成程もっとも、本質を突いているように見える。そういう意味で彼女はもう彼の正体を見極めているかもしれないが。

「これは、茶葉?」
「それも浮竹隊長が下さったのだ。合うから、とな」
「随分と…いや、ありがたい」
「謹慎が解けたら礼を言うことだ」
「ああ」

 並んで立つ二人のやり取りは、特に何と言うこともない。最初の頃よりは随分と気安い会話だが、ルキアに対してというよりは単に自身が、周りの壁を一段下げただけという印象を抱く。友好的になったというか、緊張が緩んだというか。
 どちらもある、とは勝手な推測だろうか。
 虚圏へ行くのは自分の目的の為だとは言った。その目的とは藍染に会うことかとルキアは言った。
 詳しい事は何も聞いていないが、恐らくはその目的を達したのだろう。にとり、全てを賭けても十分に足る何かを。
 そして、芯を一本なくした。
 今すぐどうこうなってしまうとは思わないが、一種の危うさも感じる。元から希薄な気配が一層捉えにくくなったような。
 楔。楔が、要る。
 この男をこのまま、ここへ留めておく為の。外に放すも鎖で締め上げるのも、きっと良い結果を生まない。自ら、この場にと望むような楔がなければ。
 そう考える恋次は護廷十三隊の副隊長を務める死神であり、また阿散井恋次個人でもある。惜しむものも同じく、死神としてのと、友人、になれるかもしれない男。
 ルキアがその楔の一つになるのも、有りだとは思う。だが楔の幸福が絶対条件だった。個人としての恋次はその点を譲るわけにはいかない。

「恋次、貴様…人に茶を淹れさせておいて自分は懐手とは良いご身分だな」
「あー…、悪ィ悪ィ」

 生返事をしながら、出された上質の茶に流石は浮竹隊長からの賜り物と言ったところかと内心舌鼓を打つ。合わせた茶菓子もまた普段縁のない上品な美味さだった。
 その後はどこの隊の誰それがどうしたこうしたと、他愛ない話ばかり。実になることなど何一つない時間だが、連日走り回るばかりの恋次にはちょうど良い休息だった。
 気がかりは気がかり。早く決着がつけばいいと思う。だが簡単に片付く話ばかりでもない。それなら今しばらく、このまま微睡みのような猶予期間が続いても良いかと、つい考えてしまう。入り浸る程ではないがしばしば顔を見せる恋次にが迷惑そうな顔をしたことはない。ルキアにも、勿論。ちゃんと歓迎されていると分かった時は少し、いや大分、嬉しいと思ってしまった。不覚にも。
 四十年前の恩人が新しい友人となって目の前にいる事実に実は、恋次もほとんど自覚なしに浮かれているのだった。

2011/03/31







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