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わけのわからない造りの内部を走り、仲間の霊圧を辿った。
恋次、そして石田。弱まっている。だがすぐ近くには十二番隊の二人がいる。
茶渡に治療を施していた卯ノ花。きっと一護と、十一番隊の更木も任せて良いのだろう。
井上は一番遠くにある。無事は分かるが、隣にある恐ろしいほど巨大な霊圧が未だ囚われたままであることを示している。ならば早く、一刻も早く井上の元へ。
そう思う頭の片隅で、ただ一人感知出来ないの霊圧。
いくらあの男の霊圧が掴み取りにくいと言っても、それは平時の話。この場で斬魄刀の解放もせず戦っているはずがない。
有り得ないとは言えるはずもない。ここは戦場なのだから、どんな『まさか』も起こり得る。義兄でさえ無傷ではいられない。
でも、仲間は誰も、喪いたくない。
覚悟はしても、諦めはまだ出来ない。諦めるにはきっと早い。
言い聞かせる。それから。
ルキアはより一層探査の網を広げ、更にその網目を細かくした。
*
「………!!」
恐らく深淵部近く、薄暗い空間の中。
血溜まりに倒れるその人を見つけて、心臓が半分ほどにも縮みあがった。
どんな『まさか』も起こり得ると覚悟したはずが、滑稽なほどに。
「あ…ッ…!」
触れた体が冷たく重い。想像していない冷たさに手が一瞬引っ込む。だが怯えている場合ではないと叱咤しその首を探った。自分では抑えのきかないほど指が震えていたが、必死に神経を研ぎ澄ませる。
「―――ある…!」
脈が。まだ、生きている。
自分のありったけの霊力を注ぎ込む勢いで、ルキアは治癒を始めた。不得手ではないが、治癒鬼道は本分ではない。
「……くッ、そ、」
こぼれ落ちていく命を必死にかき集める。勝負だった。ゆっくりゆっくり拡散していくのとルキアが拾い上げていくのと、どちらが早いか。
細い紐の上を歩くような恐ろしいほどの集中を強要されて、一時ごと気力が削られていく。
「…頼む…ッ」
死ぬな。
まだお前の心を預けてもらっていない。一人で逝くな。
「…頼む、から…!」
いや。違う。
どんな『まさか』も起こり得ると、思ったけどやっぱり。
やっぱりいらない。
心など、預けてくれなくて良い。預けなくて良いから、死なないでくれ。
頼むから、生きて。
「―――…」
薄墨色が動いた気がした。
「!?」
はく、とその口が開いて空気を食んだ。再度ルキアの呼ぶ声に瞼がうっそり持ち上げられ。
「……ち、き……?」
あちら側へと落ち掛けていたの内側の、決定を握る何かがこちら側に転がり戻ったことをルキアは確信した。
ルキアの勝ちだった。
「…よ。良かっ、…!」
駄目だ、まだ気を抜けない。
流したものの多さから考えれば奇跡にも近い。駄目だ、泣くなどと。溢れそうになるものを必死でこらえる代わり声を張り上げた。
「しっかりしろッ、目を、閉じるな!」
「…ぐ…」
耳元での怒鳴り声に顔を歪めながらも視線がルキアに注がれる。声はなかったが動いた唇が何故、と読めた。
「偶然だ。お前の霊圧を辿って…」
「……は、」
「え?」
「何故…俺は、生きている…」
呆然として呟くにルキアが答えられるはずもない。のそりとその身を起こすのに動くなと制止したが、どうせルキアの力では花太郎たちほどにはいかない。傷も勿論、霊力もほぼ空に近い状態から助かったのは真実奇跡だとルキアは思う。
「お前も、十刃と戦ったのか?」
「十刃…いや、違う…。この部屋に、他の者は」
「え…、誰も。お前だ、け…ッ!!」
答える途中での腕がルキアを突き飛ばした。
「な…っ!」
不意を食い受け身も取れず床に倒れ込んだが、驚愕はの行動にはなかった。床に空いた穴。それは突き飛ばされる前、ルキアのいた場所に他ならない。
「どけ、女」
第三者の声。
飛び起き斬魄刀を抜きながらルキアの内心はまだ動揺の最中にあった。一瞬前まで全く、気配も何も感じなかったのに。
これがの敗れた敵かと思えば柄を握る手に脂汗が浮かぶ。同時に、違和も覚える。高めの声に、相対する霊力に。
奇妙なそれの正体は、片隅の暗闇から現れた姿に知れた。
「貴様、は…!?」
破面。確かに、中途に割れた虚の面がある。白い装束もまた破面たちに特徴的な。ただの破面であるのに。
破面は少年から青年へ変化する頃合の姿をしていた。ルキアより少し背丈の大きいほどの。
破面は短い髪をしていた。薄墨色の。
破面は同じ色の目をしていた。髪と同じ、そしてルキアの傍らの男とも同じ。
違和の正体は、既視感だった。
「その、姿は…貴様、」
まるでをそのまま、幼くしたような。
ルキアが新たに問うより先に、の体が二人の間に入った。
「!」
霊力は枯渇したまま。傷もただ皮一枚塞いだだけ。それなら自分が先んずる方が。
「朽木、俺が」
俺が、やる。先に、行ってくれ。
ぴくりと対峙する破面の肩が動いた。不愉快極まりないと歪んだ表情がまるで合わせ鏡のようだとは思うが、違うものだとも思う。
同じものだが違うもの。
「、この男は」
「行ってくれ。俺は今、この時の為に、ここにいる」
藍染の言葉が唐突に蘇った。
の、求めるもの。が忘れていたもの。
またそこかと、唇を血が滲むほど噛み締めるルキアに視線こそ寄越されなかったが。
「……直ぐに後を追うから、先に」
声は、今まで聞いたことがないくらい静かで、温度があった。
「……誓ったことを、忘れてはいないな」
「忘れていない」
「嘘は、許さんぞ」
「決して」
じり、と少し後退りしてから、ルキアは身を翻した。
ほとんど初めて、あの男を心から信じる。それしかないからではなくて、それで足るとルキアの心が承知しているから。
は必ず、後から来る。
ならば後ろを振り返る必要もないのが、道理だった。
2011/03/23
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