23
井上と共に、尸魂界で力をつける。
そう決めて日番谷隊長に一旦の帰還を願い出れば、それはあっさりと許可された。二度目の襲撃以降向こうに動きがないこともあるが、修行をするというのに止める理由はない。
準備が整うまでまだ時間があることを確かめて、ルキアは霊圧探査に意識を集中させた。
彼の人の霊圧は分かり辛い。
弱いわけではない。言葉にするのは難しいが、敢えて言うなら霞のよう。確かにそこにあると分かるのに、捕えるとなると逃してしまう。酷く朧で、隔てられた、の霊圧。
「……あった…」
それでも何とか捉えたそれを見失わないように、ルキアは駆けた。
細い細い糸を辿って、見つけたのは町の中心から外れた丘でだった。井上との待ち合わせ場所から随分離れていることを考えれば、そう長くは話せない。
胸の前で強く拳を握る。酷く鳴く胸に黙れと言い聞かせて、
「何か…、朽木殿」
無駄に終わった。
単に名前を呼ばれただけであるのに、ルキアの心臓は悲鳴をあげた。数日ぶりに見るその色を直視できず、俯いてしまう。訝しげに再度名前を呼ばれ、何とか口を開いた。声が震えないよう、腹に力を込めるので必死だった。
「…尸魂界に、一旦帰還するので、その…ご報告に」
「帰還…?」
「あ、いいえ!私だけ、です。井上と共に。ここでは力を解放できる場所がないので」
唯一の修行場であろう浦原商店の地下は茶渡と恋次が使用している。井上とルキアが思い切り力を出すのなら尸魂界に戻る他ない。
「何かあれば直ぐにも戻って参ります。井上も、私も」
最後はやたらと速くなったルキアの伝達に相分かったと了承が返り、用件は終えた。
直ぐに戻って井上を待つ。そうしろと頭は命令を下しているのに、いっそ逃げ出したいと心臓が訴えているのに、足だけがそれらに逆らい地に根を張ったように動かない。
俯く視線がの手を捉えた。あの時の傷など疾うに癒えている。だのに、ルキアの目にはまざまざと赤が蘇った。盗み見るように窺った顔色は、良くない。眠れていないのかもしれない。霊圧もほんのわずか波立っている。
殊更注意を払わなければ分からなかっただろうの不調に気づいた途端、ルキアは腹の底がぐっと抑え込まれる感覚を覚えた。きっと恋次や日番谷たちは気づいていない。浦原はどうか。恐らく気づいても何も言わないだろう。夜一もまた、そうなのかもしれない。
彼ら三人の間に流れる空気は他を寄せつけない、受け入れない。強固なそれを羨ましいと思う自分に、ルキアはもう気づいている。
「…殿…」
一護や井上の顔が浮かんだ。
仲間だ。傷ついたり倒れた時には手を貸す。とも、そうありたい。
「話しては、いただけませぬか…」
何が貴方を、それ程まで苛んでいるのか。
隠していること、でもなくて良い。何を思っているのか、辛いのか、痛いのか、何でも良い。井上が自分に内心を吐露してくれた時のように話してほしい。ルキアは聞きたい。
「…先日は、申し訳ありません。朽木殿に気遣わせるなど、本意ではなかった」
「違…、そんなことは。そうでは、なくて」
仲間ではないか。仲間を心配するのは当然のことのはずだ。
「私では、殿の力になれませぬか」
仲間だ。
仲間の力になりたい。
貴方の、力に。
「浦原や―――夜一様、ほどにいかぬとは分かっておりますが」
ついこの間名を知ったばかり。付き合いの長さも深さも全く及ばないのだから、彼らと同じく接してもらえずとも仕方がない。
それともルキアに彼ら程、頼りに出来る力がないからか。浦原のように。あの、しなやかに美しく強い、夜一のように。
「それでも」
暴かれていく。気持ちが。
一番最初、と出会った時と同じく。言葉に成す毎、ルキアの内に固まっていく思いがある。
の表情が変わった。薄墨色の目が同じ色の前髪の向こうで見開かれ、ルキアを真っ直ぐに見ていた。そこに浮かぶのは驚きと、他の何か。
「私は―――貴方が、貴方のことが」
「言うな」
眼前に掌が広がった。ルキアの顔など簡単に全部掴んでしまいそうに大きな掌が、視界いっぱいに広げられている。
「殿、」
「言うな。俺は聞かない」
掌以外何も見えない。苦り切ったの声が聞こえてくるだけ。
「それは、気の迷いだ」
錯覚だ。同情にも近く。
直ぐに気づく。
その声色はいっそ憎まれているのかと思うほど冷たかった。
気づけば、ルキアは井上との待ち合わせ場所にいて、駆け寄ってくる井上に手を挙げ応えていた。
待たせてごめんなさいと井上が言うのにいいやと返す、その顔は自分でも無意識に緩く笑んでいた。
開かれる門を前に、そう言えば珍しくあの背を見ていないなと、ルキアは思った。
2011/03/07
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