19

 店長ォ、客ー。

 ジン太にそう声をかけられるより前に気づいてはいた。
 近くに開かれた穿界門、門から現れた複数の大きな霊圧。別れ、こちらにやって来るそのうちの一つ。

「おやぁ、こんにちわ。サン」
「…ああ」

 夏の始め以来の再会。呑気な喜色はどちらにもないが、密やかに無事を確かめ合う視線が交わされた。
 立ち話もナンですから、とテッサイたち以外は誰も足を踏み入れない奥へと招き入れる。障子を引いた一室には先客がいた。

「…何じゃ、ホウキ頭」

 茶をすすりながら、褐色の肌を惜しげもなく晒した夜一が如何にも不機嫌そうに入り口近くに立つを睨んだ。突き刺さるような視線にも男はしかし意に介した風もなく、夜一の腕と脚に巻かれた白いものにちらとだけ目をやって、喜助に続いて畳に腰を下ろす。
 フンと鼻を鳴らした夜一にほんの少し苦笑を漏らして、さて、と喜助は手の中の扇子を開いた。

「ご用件、なんでしょ?」
「―――元、十二番隊隊長」

 前置き一つなしに呼ばれて息を呑んだ。

「兼、技術開発局初代局長、浦原喜助。尸魂界からの指令を伝える為来た」
「指令…ッスか…因みに、拒否権は?」
「拒否するお前ではないだろう」

 すげない言葉は信頼というには少し違う。また別の何か。不快ではとりあえず、ないが。

「……お聞きしまショ、その指令っての」

 の懐から喜助の前、一通の書状が差し出される。特殊な封印を解いて、簡素で味気ない文字に目を走らせた。

「…何と言うてきた」

 読み終えた頃を見計らって夜一が問う。書状に視線を落としたまま、喜助が呟いた。

「…打って出るおつもりですかね、尸魂界は…?」

 現技術局局長、涅の見立てに依れば、破面を率いた藍染たちが全ての準備を整え進行してくるのは恐らくこの冬、崩玉が眠りから完全に目覚めて後。
 ―――それまでに虚圏につながる黒腔を造り、安定させよ。

「隊長格数名の通行が可能なほどに、と」

 書状に施されていた封印はそう安易なものではなく、何より末尾には、今現在尸魂界そのものである護廷十三隊の署名。ただの使者に過ぎないの前でそれを明らかにすることにはその場の誰も違和を覚えない。

「…守りを固めるのみは愚策ととったか。良策とも思えんがの」
「承知の上、だろう」

 パチンと音を立てて手の扇子を閉じ、またその目も閉じて喜助は思考を巡らせ始める。それを阻害しない為にか、も夜一も口を閉じた。短くない時間、座敷は静寂に包まれ、

「承知、致しました」

 たった一言。が頷く。感情のない薄墨色の目を、今度は信頼の証と喜助は受け取った。



 要件を終えて座敷を後にしたを店先まで見送りに出ると、思ったより日が傾いていた。
 まだ日中の暑さは厳しいが、徐々に和らぎ始めているのが分かる。時折頬を撫でる風が秋の気配を届けていたが、これが肌を刺すほど冷たいものになるのはきっとあっという間のこと。決して止められはしない時の流れが、喜助の胸中に焦慮を生む。

「喜助」

 重苦しく沈みかけた思考を、の声が引き戻す。次いで手渡されたものに目を瞬かせた。

「これは―――これは」

 深いと言うよりは濁って淀んだ色をした、石環の、欠片。
 最早用を成さないそれは、かつて喜助自身が造り、に渡したもの。囚人の手枷と同じくその者の霊圧を封じるが、完全にではない。更木の眼帯にも良く似た特別製。の為だけに、喜助が造りだした。微妙な調整を何度も繰り返して。
 懐かしいと言えるほども昔に。

「いつ、ですか?」
「藍染と相対した時に」
「成程…。まぁ、これももう随分ガタがきてたみたいッスから」

 新しいもの、お渡ししましょうか?
 今の喜助に、取り分け難しい作業ではない。時間もさして要しない。だがは首を横に振った。

「いや…」
「とうとう、化けの皮も剥がれたな」

 何時の間に来ていたのか、黒猫が喜助の足元に腰をおろしていた。

「夜一サン」

 思わず非難めいた声が喜助の口をついて出たが、夜一が構う気配はない。

「何時までも目を逸らしていられるものではないことなど、疾うに分かっておったじゃろうが」

 鋭い声と視線を容赦なくにつきつける。
 それは紛うことなき真実ではあるけれど。
 耳が痛いなぁと喜助は無言で天を仰いだ。
 避けて通る道を選んだは自身。だがその選択を容易にしたのは、喜助。夜一でさえ黙過の自覚はある。
 三人の同類たちの間を、また一層秋の気配を強くした風が吹く抜けていった。

「―――そうだな」

 わずかな沈黙を置いて、が言った。おもむろに腰を落としたかと思うと、ぐい、と無骨に夜一の黒い毛に覆われた額を撫でた。

「お前の言う通りだ」

 声が出なかったのは夜一だけではなかった。

「後ほどまた来る」
「………りょーかいッス……」

 立て直しは喜助の方が早かった。さっさと遠ざかっていく背を見送り、ちらりと視線だけを足元にやれば。ふるふると小刻みに震える立派なひげと尻尾。

「えー……ミルクでも飲みます?淹れますねー」

 奥に引っ込んだ後で響いた何だかんだは聞こえていないことにした。

2011/02/18







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