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藍染が他二名と共に尸魂界に反旗を翻して数週間後。現世、空座町において立て続けに尋常でない大きさの霊圧、破面と呼ばれるものが出現したと報告が上がった。幸いにしてそれらはかつての旅禍、今や現世の死神代行、黒崎一護らによって退けられたが、死神たちが再び身を強ばらせるには十二分な事態だった。
全面対決は崩玉が完全覚醒するおよそ四ヶ月後との見立てに当初静観の姿勢を取っていた尸魂界だったが、事態の急展開を見るやこれを覆し、先駆けて現世に援護を送ると決定を下した。たった三人の手勢で尸魂界を震撼せしめた男を相手にいくらの備えも過ぎることはないと、これに異議を唱える者がいるはずもなく。
十番隊隊長、日番谷冬獅郎に先遣隊を率いて現世の死神代行に合流せよと命が下ったのは、破面の出現から二日後だった。
*
今、護廷の各隊はどこであっても上から下まで皆が慌ただしく走り回っている。末端の死神まで様々な業務に駆り出されるなか隊長格などは忙殺対象の最たるものであり、二番隊でもそれは例外ではない。あまりの忙しさ故か砕蜂のいる執務室の周りは近くを歩くこともはばかられるほどの緊張感に満ち、席官たちも入室の度必要以上に気合いを入れねばならなかった。
その威圧感の中を泳ぐように歩く男が、一人。
失礼します、と外からの声に二番隊副隊長、大前田は顔を上げた。
「二番隊第十九席、です。砕蜂隊長はご在室でしょうか」
「…開けろ」
若干刺々しい砕蜂の許可が下りて、戸が引かれる。大前田には見覚えのあるようなないような、隊士だった。
「何用だァ?」
この面倒臭え時に十九席なんぞが、と大前田の不機嫌な声にも平静なまま隊士、が応じる。視線は大前田を通り越し、真っ直ぐ砕蜂に注がれていた。
「此度現世、空座町に何名かを派遣すると聞き及びました」
「それがどうした」
「自分もその先遣隊に組み入れて頂きたく、参りました」
あまりにあっさり言うものだから、反応が遅れた。
「……てめえ、何言ってんだぁ?隊長格ばっか揃ってる処に十九席なんて下っ端、邪魔以外のなんにもなんねぇっつの」
「大前田の言うのが正しい。下がれ」
寝ぼけたか忙しさで頭がおかしくなったか、どちらにせよ詰まらない戯言だと大前田は盛大に呆れ、砕蜂も同様に言い捨てた。が、が下がる気配はない。
「どうか。砕蜂隊長」
語勢を強めるに、砕蜂が筆を置いた。直ぐ近くに座る大前田の頬を冷たいものが撫でたような気がして、思わず立ち上がりかけた。ただでさえ忙しさで虫の居所が悪いのにこれ以上ややこしくされては堪らない。が、根源をつまみ出すより先にその視線で留められてしまう。
「…何故先遣隊になど。理由は」
「藍染元隊長を討つに近づくためです」
「自分にその力があると?十九席」
席次が殊更強調されて、だがやはりはその場から動かない。
「…先遣隊の足手まといには、なりません」
「どう証明する」
「一度刃を交わして頂ければ、必ず」
きゅう、と砕蜂の目が細められる。大前田は今度こそ本気で呆れたし苛立ちを禁じ得なかった。机に山とある裁可待ちの紙束で殴ってやりたいくらいには。
「てめえなぁ…くだんねー事言ってる暇があんならさっさと、」
「良かろう」
「たいちょー!?」
「大前田、相手をしてやれ」
「オ、オレがッスか!?」
目を剥いた大前田をよそに砕蜂が席を立つ。も後に続いては一人従わないわけにもいかず、さっさと来いと飛んだ声に渋々大前田は腰を上げた。
周囲の慌ただしさが、先ほどまでとわずかに様相を変えている。
斬魄刀を揃って手にしたことで、珍しく大前田副隊長が衆目で刀を握るらしいと聞きつけた多くの者が皆手元の仕事も放り出して集まり始め、二番隊隊舎は俄かにざわめき立っていた。予想以上に集中する視線に砕蜂は少し眉をひそめる。
秘密裏にやらせるつもりはない。事件で受けた傷跡はそこかしこ目につくほど大きく、隊士たちは皆休む暇もない。その彼らにちょっとした刺激というか息抜きのようなつもりであったが、観客が多すぎるのも宜しくないよう思えて、
「場所を変えるぞ」
言うなり駆けた。
ついて来るなとは言わない。つまり見たければついて来いということだと、ここ二番隊の隊士たちは暗黙のうちに理解している。大前田にと続きおよそ半数が慌ててその後を追うが、もう半数は留まり消えた一団を残念そうに見送るしかなく。やがて諦めてため息交じりに仕事に戻った。
よくある、光景だった。
「…ふん」
二番隊敷地内だが瀞霊廷の外れ、人気の全くない修行場で砕蜂が足を止めた時、背後に付いて来れていたのは大前田をはじめ上位席官が数人、合わせて十ほど。そして十九席、。特別手加減をしたわけではないから、足に関しては一応大口を叩くだけあるらしい。
「大前田、。始めろ」
「ちょ、待…ッ」
如何にも辛い、という具合に大前田が肩で息をするが取り合う気はない。白々しい演技と砕蜂も他も知っているが故に。普段距離の遠い十九席の男にどれほど有効かは不明だが、勝つために手段の清濁を問わず周到なところは評価している、それなりに。であるからこその隠密機動こと二番隊副隊長だと。
「さっさと始めろ」
こちらは果たして見栄かはったりか、或いは本当に実力か、乱れたところのない所作でが斬魄刀の柄に手をかけた。馴染みのない霊圧が周囲に広がる。
砕蜂の近くに立つ六席が一歩、後ずさった。
「…ったくよォ、いい迷惑だぜ。なんでこのくそ忙しい時にオレ様がわざわざ相手しなきゃなんねーんだぁ…?」
漸く腹を括ったか諦めたか、大前田も目つきを変えて臨戦態勢へと入る。
深く腰を落とす。両者の霊圧がちりちりと弾き合う。
言葉は最早返らなかった。ただ一瞬が目礼して、それが開始の合図となった。
「貪れ―――『絶虎』」
そしてほぼ同時に終決の合図でもあった。
爆発的な霊圧の上昇。殺気。
突如渦に引きずり込まれるような、宙に投げ出されたような、吐き気をもよおす酩酊感。視界が歪み、白靄に包まれる。
大前田の霊圧ではない。
靄の中、声があがった。のものではない。
地に崩れる、音。
「…二度目、か…」
靄が急速に収束していく。
あの双極の丘と同じ光景。の足下には、倒れ伏した大前田の姿があった。
「」
「は、」
呼ばれて振り返った姿に、一瞬前までの殺気は既にない。周囲の空気も同様に凪いでいた。
しかしその内にまだ十二分の余力があるを感じ取って、砕蜂は大いに眉根を寄せる。
「…十番隊隊長宛てに書状を書いてやる。ついて来い」
返事を待たずに駆けるが、振り返る必要も速度を緩める必要もない。背後にひたり、とその気配はあった。
再び、今度は大前田のいない執務室で、したためた書状の墨も乾かないうちに受け取ったが礼を述べ頭を下げた。
「書くには書いた。が、その後のことは私の関知する処ではない」
記したのはの名と砕蜂の名、先遣隊の参加を願い出ることへの許可のみ。推薦状と言うには足りないが、これ以上書く気は砕蜂にはない。書状を読んだ日番谷がどう判断を下そうと砕蜂にも日番谷にも、互いの隊にも影響が出ない程度のもの。後はお前次第だと言外の念押しにも無言で頷く。
「後ほど、報告に参ります」
言って退室しかけたその背に、砕蜂の声がかかった。振り向くと同時に何か小さな物が投げつけられる。片手で掴み取った物を見止め、が息を呑んだのが砕蜂にも伝わった。
その手に丸々収まる小さな鉱物の欠片。どろりと濁った色合いのそれは明らかに人の手による加工を受け、かつて輪を成していたであろうことが伺える。ちょうど、の上腕の太さ程の。
「拾ったのは双極の丘でだ」
ほんのわずか、欠片に宿る霊力の残滓。それはつい先程が発したものと酷似している。
「殺気石とも似た性質の石だな。或いは囚人の手錠、か?」
霊圧を封じ、殺す目的のもの。
「十九席」
室内に冷たい電気が走った。砕蜂の常から厳しい双眸が一際鋭くなる。
「あまり私を見くびるな」
2011/02/10
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