08

 先導者は双極の丘のふもとで足を止めた。存外に早いそれについて行くのは少々骨が折れた。やはり相当の実力者であろうが思い至る者はない。他隊でも五席程度ならばおよそ見覚えがあるのに、こんな男は見たことがなかった。

「こちらです」

 言ってから振り向きもせず切り立った崖に向かい飛ぶ。落ちてはこない。よくよく見れば不自然に出張った部分に薄墨色があった。続いて登れば、そこには明らかに人の手が入ったもの、隠れるように小さな小屋があった。粗末な中で床に敷かれた布を剥げば下から扉が現れる。同時に感じる、一護の霊力。

「ここにいるんだな」

 応えを待たず、力任せに扉をぶち破った。



「何…!!」

 双極の丘の下、密かに作られた鍛錬場。荒涼と、岩ばかりの空間。
 一護とその斬魄刀『斬月』が剣を交える様を見守っていた夜一の背後、高い天井がドン、と震えた。
 すわ襲撃かと三者が身構える。立ち込める土煙の中には、霊圧が二つ。

「…こんな処に潜って何やってんのかと思ったら…そいつはてめえの斬魄刀の本体か?」

 聞き覚えのある声に一護の顔色が変わる。目に鮮やかな赤い色が姿を現した。その手には始解された斬魄刀がある。

「恋次…!!!」
「“何でてめえがこんな処に?”そう言いたげなツラしてるな」

 一護の内心を正確に口にしながら、恋次は己の背後を見やった。ようやく治まってきた土煙の中からまた一つ、死覇装が現れる。

、」

 恋次と同じ程の背丈の死神を目にして口を開いたのは夜一だった。男は警戒する様もなく無言で歩み寄る。夜一もまた、襲撃者たちに対して構えを解いた。

…?それってあの…」

 恐らく男の名前であろうそれを聞いても、やはり恋次にはとんと思いつくところはなかったが一護には覚えがあった。空座町でルキアと共に一度見えた姿と、空鶴の大砲で瀞霊廷に侵入する直前に夜一から聞いた名前。
 瀞霊廷の中は四方が敵。だが一人、もしという死神に会ったら、密かに助力を願えと。
 薄墨色の長い髪に無精ひげ。たしかにその風体も、聞かされたものと合致する。

「なんだ、やっぱり知り合いか?こいつがココまで案内してくれたんだがよ」

 恋次の言葉にわずかながら夜一の眉が寄る。それに気づかないわけもないだろうに、そ知らぬ様子では肯定した。

「阿散井副隊長も、目的は同じだ。それに、時間がなくなった」
「時間が、なくなった?…どういう意味だよ?」
「…ルキアの処刑時刻が変更になった」
「―――…何だと?」

 一護が身をこわばらせ、追い討ちをかけるように恋次が言葉を重ねる。

「新しい処刑時刻は―――明日の正午、だ」

 通告に、一護も斬月も、夜一も息をのんだ。

「…癪な話だが、今の俺の力じゃルキアを助け出すには少しばかり足りねえ」

 手に持った斬魄刀を眉根を寄せて見下ろして、だが静かに恋次が言う。

「安心しろよ、何もてめえの修行を邪魔しようってワケじゃねえ。俺も具象化までは習得済みだ…卍解まで、あと僅か」

 視線を振り切るように一護たちに背を向け、内から刀へと語りかける。濃い霊圧を纏って、蛇の尾を持つ猿がその姿を現した。

「こっちはこっちで好きにやらせて貰うぜ」

 言って、擦れ違いざまちらりとに視線をやる。だが反応が返ることはなかった。その正体やら意図やら、大いに疑問で不満だったが今は問い詰める時間も惜しい。卍解習得以外、他はすべて雑音。恋次の霊圧がまた一層濃度を上げる。

「あ…明日、じゃと…?そんな。それではとても卍解なぞ…」

 一方の夜一は、突き付けられた刻限に動揺を免れなかった。
 目の前にあったか細い光が、闇にぐしゃぐしゃと塗りつぶされていくような錯覚。綱渡りの途中、張り詰めていた綱が突然たわむような。
 引き戻したのは、苛烈な破壊音だった。

「…そんなんでいいのかよ。夜一さん…」

 ぱらぱらと、砕かれた刃が一護の手からこぼれていく。

「この修行、あんたから誘ったんじゃねえのかよ。だったらあんたから諦めてんじゃねえよ…」
「じゃが一護…!もし明日までに卍解が完成せねば、」
「言ったろ」

 夜一の言葉を遮る声は澄んで、やけに素直に耳へ届く。

「できなかった時のことは聞かねえ。期限が明日になったってなら…今日中に片付けりゃいいだけの話だ!!」

 ガシャン、と一護は残っていた刃の部分を、その勢いのまま左手に打ちつけて粉砕した。
 諦めの色を微塵も見せない一護に、恋次は密かに口角を上げた。夜一も未だ表情を曇らせたまま、だがわずかに拳を固くする。一護の言う通り、何とかするしかない。自分たちには他に手がないのだから。

「……では、俺はもう戻る」

 決意を新たにした一護に頷いて、が言った。その顔にほんのわずか、笑みが浮かんでいて夜一は眼を見張る。この男が表情を変える、殊に笑顔を見せるなど珍しいことだった。そんなことなど知らない一護だったが、何か力づけられたような気がして笑みを返してみせる。

「あのよ…、さん?」
「何か」
「知らせてくれてサンキューな。…それから、教えてくれねぇか。俺の仲間…他の、旅禍はどうなってる?」
「……侵入者は三人、捕えられている」

 の答えに一護も夜一も表情を曇らせる。だが捕えられている、ということはまだ命まで奪われてはいないはずだった。ここに来る前別れたのは岩鷲だけだったが、白哉によって酷い怪我を負わされていたことを思えば一先ず安心していいだろう。傷を治してくれた花太郎のことも、もしや裏切り者と拘束などされてはいまいかと考えたが今はどうしようもない。

「三人、とは?」
「男が三人。あと一人、女の旅禍の行方は分からない」
「井上か…」

 井上は確か石田と一緒にいたはず。それが別れたということは、自分と岩鷲のように隊長格レベルの死神と遭遇したのだろう。行方が分からないとはつまりまだ無事だということだが、他の三人が既に捕えられたと聞いては返って不安を覚える。

「……

 夜一が名前を呼んで、強い視線で何かを訴え、無言でがそれに応える。

「…黒崎一護」
「へ」

 急に名前を、それもフルネームで呼ばれて一護は眼を瞬かせた。

「旅禍たちは、俺が請け負う。井上、も…必ず見つける」
さん」

 薄墨色の前髪の向こう、鋭い眼差しが一護を捕える。

「……お願い、します」

 かつて浦原にしたように、今度はに向かって頭を下げた。信じられると思った。夜一の知り合いだからだとかそんな理由ではなく、ただ直感でそう思った。この直感が外れではない自信が、あった。

2011/01/03







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