07
誰もが大きな揺れを感じていた。
自分たちが足をつけたその地の揺れを。ともすれば立つことも危うくなりそうだった。
旅禍たちは、まさしく禍をもたらした。
当初簡単に捕えられるであろうと思われた侵入者は、護廷十三隊最強の戦闘部隊、十一番隊をほぼ壊滅させ、その第三席をはじめとする上位席官を多数、果ては副隊長をも退けた。
六番隊副隊長、阿散井の負傷の知らせが各隊に伝わり、その次の明朝に五番隊隊長、藍染が何ものかに殺害された。次いで三、五番隊の副隊長の一時拘束。決定打はあの、更木剣八の敗北だった。
誰もが大きな揺れを、感じざるを得なかった。
いつこの揺れが大地を割るか知れない。その割れ出でた穴から何が出てくるか、知れない。
ただ揺れがとてつもなく大きいのだと、分かることはそれだけだった。
夜明け前の冷えた空気が頬を撫ぜる。空がほんのり闇を薄くする下かすかな霊圧を辿る。
双極の丘を遠目に、ひたりと背後に迫るわずかな霊圧に足を止めた。
「阿散井副隊長」
一瞬前まで何も感じなかった。いくら自分が霊圧探知を苦手としており、その上一護の霊圧を探ることばかりに集中していたとはいえ、副隊長まで拝命した身。その自分に全く存在を悟らせない程、霊圧を消すことに長けているのなら、それはいずれの隊にしても上位席官に違いない。自分が脱獄したことはもうとうに知れているはず、反射的に斬魄刀に手をかける。誰であろうと容赦するつもりはなかった。
「…!」
振り向きざま一文字に薙いだ白刃は、だがしかし容易くかわされた。
四番隊の治療を受けたとは言え本調子には至らない斬撃だが、速度に一切の手加減はない。本来身内である者に対する躊躇いがあったわけでない。そんな余裕もそもそもなかった。
「てめぇ…何モンだ?」
恐らく副隊長とまでいかずとも、三席或いは四席レベル。援護を呼ばれる前に逃げ切れるか、と内心に焦りが浮かぶ。柄を握る手に一層力を込めながら誰何するが、返答はない。声だけでも男であるとは分かったが、顔に覚えはなかった。自身と同じ程の背丈、薄墨色の髪は無造作というよりは無関心に伸ばされ長く後ろでひとまとめにされている。更に前髪は長すぎてその表情のほとんどを隠してしまっており、顔に覚えがないというよりもそのものが窺えない状態だった。
「何処へ。阿散井副隊長」
返答の代わり、男が尋ねた。声は固い。副隊長の肩書に怯む様子は欠片もなさそうだった。帯刀しているがその斬魄刀は鞘に収まったまま柄にすら手をかけておらず、応援を呼ぶ気配もない。
「……てめぇが知る必要はねぇよ!」
侮られたか。隊長に背いて向かった旅禍に負け、結果牢へ押し込められた愚か者と。
既に傷だらけの矜持ではあったが、刃を向けられ大人しく受け入れるつもりはない。ここで力を開放すれば気づかれると、その考えも一瞬で霧散した。瞬間的に霊圧を高め、放つ。大きく踏み込み、勢いに任せた力技で押し切る。そのつもりだった。
「…な…ッ!?」
目の前にあったはずの姿が消え、蛇尾丸は空を切った。
「動かれぬよう」
霊圧は再び背後へとあった。ちきり、と刃が項に据えられている。
速い。目で追えなかった。油断していたわけでは決してない。
「く…ッ」
ぎり、と握った柄が悲鳴を上げる。隙が見つからない。静かに絡みついてくる霊圧は呼吸も圧迫し始めている。脂汗が背を伝うのが分かった。
「もう一度尋ねます。何処へ行かれるのか」
沈黙を返すしかなかった。実際、何処へと定かな目的があったわけではない。いや、目的とする人物はいるがその居場所を探していた最中で、答えようがないというのが正確なところだった。
どうやってこの場を切り抜けるか、ない知恵を絞るが答えは出ない。ここまで拘束に慣れているのならば或いは刑軍の者かと、浮かんでくるのは意味のない推測くらいだった。
「藍染の元へ?」
だが続いた問いに、刃を据えられていることも一瞬忘れて振り向いた。
「……何…藍染隊長、だと?」
まさかこの死神が五番隊隊長の死を知らない訳はあるまい。旅禍の侵入に余裕もない今、多くを詮索することは許されていないが事実は全隊に伝えられたはず。今度は相手が沈黙を返す番だった。
「てめぇ、一体何を言ってやがる。何モンだ!!」
怒鳴ったところで相手の様子は何一つ変わらない。鬱陶しい前髪の隙間から、同じ色の瞳が冴え冴えと恋次を見下ろしていた。
「………阿散井副隊長は処刑を阻止されるおつもりか」
ぎくりとしたのは一瞬だけだった。脱獄したことは周知の事実。考えれば目的など簡単に予想がつくはず。
「是か否か、それだけでお答えを」
「……是、だ」
最早開き直って応えた。脳裏に浮かぶのは、一度手を放した友。再び柄を握る手に力を込める。ここで捕えられるわけには。
だが振り返るより、斬魄刀を薙ぐより先に、背後の霊圧が緩んだ。それは自覚していた以上に大きいものだったらしい。霊圧から解放されると同時に筋肉の緊張が緩み膝をつきそうになって、慌てて踏みとどまった。耳に届いたのはきん、とそれまで恋次の首元に当てられていた斬魄刀が鞘に納められる音だった。相手は既に構えを解いている。とは言え完全に気を抜いたわけでもない。例え自分が斬りかかったとして、十二分に避けられるだけの警戒は残していることは分かる。
「……てめぇ、マジでどういうつもりだ…」
「こちらへ。ご案内します」
「は?」
意図が微塵も分からない。苛立ちながら、それに無視できない殺気も込めて睨みつけたが相手は全く介さずさっさと歩きだした。
「身を隠す場所があります。処刑時刻までそこで待機されるのがよろしいかと」
「まっ、ちょ、てめえ!!」
「旅禍の少年もそこにいる筈です」
「一護が…!?あ、おいッ…畜生!」
それ以上はもう説明する気もないのか何か言うより早く瞬歩を使われて、慌てて恋次はその後を追った。
2011/01/03
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