03
一先ず人目のつかぬ場所へ、と移動した先は暗い路地裏。
死神のは普通の人間の目に留まらないが、一見ごく普通の少女であるルキアがこんな時間に外をうろついて、警邏にでも見咎められては困る。
「二月ほど前、です」
張り詰めた空気がぴりぴりと細かに肌を刺す。
ルキアが口を開くまでは沈黙を守っていたが、その沈黙は雄弁だった。月の光の届かない場所で、見下ろしてくる視線を旋毛に感じる。
「私は現世駐在の任を受け、この空座町で現れた虚を追っていました。ですが、負傷し…奴に、一護に死神としての力を譲渡して、結果一護は虚を倒しました」
人間にしては破格の霊力の持ち主だったのです。
その事実が全ての発端。
力の譲渡は賭けだったが、そも可能性が欠片もなければ行動には移さなかっただろう。
だが可能性たる破格の霊圧こそが、虚に襲われる原因であり。
「死神の力を譲渡することは重大な違反だが、そのことは」
渦巻いていこうとする思考を断ち切るように、の硬質な声が静かに響く。
別にの霊圧が高くなったとか、そんなことはない。なのに感じる圧迫感は、ルキアの中にある罪悪感故に違いなかった。
「……存じております」
「では、如何するおつもりか」
変わらず硬質な声は、問うているようでいて問うていない。断罪の刃がつきつけられる。
の実力が如何ほどのものかは分からない。だが少なくとも、今のルキアに対抗する力がないのは確かだった。が目の前の罪を見逃しはしないだろうことも。
逆の立場であればルキアも同じことをする。見逃せる重さの罪ではない。
「今日を最後に、尸魂界へ戻ります」
徐々に力が抜けていくのを感じる。一言一言、己の言葉で話す毎、罪が身の内に固まっていく。
「全てを話し、処罰を、受けます」
それが正しいだろう、と変わらず無感情な声が、遂にルキアの罪を断じた。
だが、心は不思議なほど凪いでいる。罪の認識は恐らくこの時を待っていた。第三者によって宣告される時を。
「大虚が現れたことは尸魂界でも感知しているはず。調査の者が送られる前に戻られるのが、良いと思う」
の言葉通り、自ら申し出た方がわずかなりとも心証は良いだろう。捕えられて連れ戻されるよりは、よほど。
だが何の手も打たず諾々と審判が下るのを待つわけにはいかない。出来る範囲の始末はつけなければ、他の誰でもなく己が許せない。
真相を隠し通せるほど甘くはないと、ルキア自身理解している。力を失った顛末は仔細に調べ上げられるであろうし、一護の巨大な、大虚を退けるほどの力はとても放置できない。
必ず上は、動く。
その前に出来る限りのことをしなければ。己の何を用いてでも―――あの家の威光に縋ってでも。
「、殿」
僅かに沈黙が流れて、意を決して顔をあげた。
黒ではないのだ、とその時不意に気づいた。かえって闇を濃くする小さな光源の為に判じがたいが、好き放題伸びたの髪は淡い灰色、薄墨とでも言うべき色で、その奥に隠れる瞳もまた同じ色をしている。
ほとんど見えないはずの眼差しに射抜かれて、知らず拳に力がこもった。強く、だが温度のない眼差し。ほんの少し、彼の人を連想させる。
硬直したルキアの言葉を継ぐように、先に口を開いたのはだった。
「…ここは二番隊の、私の担当区域ではありません。更に言えば先ほどの十二時をもって任務は終了している。早く戻らねばならない。寄り道をする暇もなかった」
思わず耳を疑ったのは仕方がない。つい先ほどまで見逃しはしないだろうと確信していただけに、こんなにもあっさりと、自らそれを覆すとは思いもよらなかった。今見逃そうと逃れられないことを確信してか、問われる罪の重さに憐れんでか。真意は読めないが、しかし藪をつつく必要はない。
「あ、ありが、」
「ただ」
礼を述べようとしたルキアを一層冷たい声が遮った。それまでと異なる、はっきりと糾弾のこめられた声。
「貴方のしたことは已むなしとは言え、決して軽いものではない。尸魂界においても現世においても…あの少年にとっても。そのことだけは、どうか」
忘れるなと。
言われて再び視線が落ちた。どうにか返した答えは、蚊の鳴くような声だった。
2011/01/01
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