『01.こんな出会い。』


 薬品の匂いが漂う室内で、己の腕に巻かれた包帯がするすると解かれていく。

「…これならもう大丈夫、問題なしですね。念のためお薬出しておきましょうか?」

 手慣れた様子で解いた包帯をまとめた顔見知りの四番隊、花太郎は現れた傷を少し検分した後、そう診断を下した。恋次の思った通りの結果だった。

「やっぱりな。いや、薬はいらね」

 阿散井副隊長、薬嫌いですからねぇと花太郎は苦笑しながら手元の紙になにやら書き込んでいる。

「でもこれ、一体だれが治したんですか?きれいに治せてますけど」

 まじまじと眺めながら花太郎が尋ねる。
 かなりの血が流れたことを思わせる程には大きい傷跡は、最早僅かに皮膚の色が異なるだけで、それすら数日すれば消えるだろう。
 そう言えば頼りなさそうな外見からはあまり見えないが、この男もれっきとした四番隊の上位席官だったと思い出し尋ねる。

「お前、って知ってるか?十二番隊の」

 前はここにいたらしいと言えば、花太郎は納得したようにああ、と手を打ち、今度は一転して感心した様子で傷跡を調べ始めた。

さんですか。道理で…相変わらずやるなぁ」
「知ってんのか?」
「勿論。今は十二番隊ですけど、以前はうちの五席でしたから」
「五席…」

 脳裏にぶっきらぼうな声が蘇る―――



「手当てを」

 目の前で女が斜めにかけていた袋を下ろす。良く見慣れた四番隊の死神が持つ救急袋だった。
 はぐれ虚の討伐。そう珍しい任務ではないはずが、数が多かった。突然の救援要請で周りは息の合ったいつもの部下ではなかった。認めたくはないが―――油断していたかもしれない。とどめを喰らわせる間際に一撃を腕に受けた。
 虚は何とか倒したが、毒があったらしい。視界が歪む。女が、傷を調べて手際よく薬を広げていく様もどこか曖昧としている。

「少し沁みます」

 その時の少しは、絶対そんなかわいらしいものではなかったと後々になっても恋次は思っている。
 恐らくは消毒の為のものだろうが、液体を思い切り傷の上にぶちまけられ、反射的に声が出た。毒の所為でぼんやりしていた意識が一瞬で正気に戻る。身をひかなかったのはせめてもの意地だったろう。そんな恋次の反応は予想の内だったか、女は特に何を言うわけでもなく淡々と手当てを続ける。両手を翳して鬼道の詠唱。橙の光が両の掌に灯り、温かな波動を感じた。広範囲に及んでいた傷が徐々に癒えていく。

「…四番隊か」

 当然肯定を予想しての確認の言葉だったのだが、女は否と答えた。

「所属は十二番隊です」
「十二?」
「以前は四番隊にいましたが」

 成程異動ならば納得がいく。だが四番隊から、というのは珍しい。多少は訓練次第で習得できるものもあるが、治癒の力はほぼ先天的な能力。下っ端なら兎も角席官ほどの力を持ったものが異動などほとんどない。吉良などの例外もあるにはあるが、あくまでも例外であって、それこそ副隊長クラスの力がなければ異動の意味がない。
 やはり毒の所為か、普段より鈍った思考をぐるぐると廻らせているうち、治療はあっさりと終わっていた。鬼道の光は消え、女は懐から引っ張り出した布に軟膏を塗りたくって恋次の腕に巻きつける。ツン、とわずかな刺激臭が鼻を突く。

「とりあえずの処置は済みました。後で四番隊で診てもらってください」
「おお、サンキュー。……ってか、これでもう良いんじゃねぇのか?」

 布の下の傷はほとんど塞がっているし、不快感も収まっている。毒も自浄範囲内だろう。医局が嫌いなわけではないが薬は苦手だし、第一面倒くさい。

「応急処置ですから、診てもらってください」

 だがそんな考えはお見通しなのか顔に出ていたのか。少しばかり鋭い目でくぎを刺されて頷かざるを得なかった。四番隊特有の、有無を言わさない目だった。
 恋次が頷くのを見届けて、それではと女は立ち上がる。

「他にも治療が必要なものがいますので、私はこれで」

 失礼しますと頭を下げ身を翻すのを、慌てて止めた。

「お前、席次は?名前はなんつーんだ」

 立ち去りかけた足を止め体半分がこちらに向けば、長い黒髪がしなる。女はぶっきら棒に応えた。

「十二番隊第九席、と申します」



 あの時は十二番隊の九席だと名乗った。異動の際に席次がそのままである道理はないが、多くは昇格を伴うし、四番隊からとなれば尚更だった。あるいは何か失敗を犯しての降格人事なのかと首を傾げれば、恋次の疑問を読んだらしい花太郎が苦笑を返す。

「違うんですよ。さんは自分から、希望して十二番隊に異動したんです」
「はぁ…?自分で降格されたってのか」
「ええ、補充異動でもないんで結果としてそうなったんです。僕らも随分引きとめたんですけどね…。さん、鬼道の腕は虎徹副隊長のお墨付きだし、薬の知識に関しては卯ノ花隊長も一目置いてたくらいでしたから」

 説明する花太郎の声にお世辞のようなものはなく、本当にその異動を惜しんでいるのが分かる。
 そんな実力の持ち主が何故降格してまで他の隊へ異動したのか。興味を持つなと言う方が無理がある。更に言えば何故、よりにも寄って十二番隊なのか。
 じかに詳しく知るわけではないが十二番隊というのは隊長からしてキワモノだし、席官もヒト癖フタ癖どころの変わりようではない。涅隊長が局長を兼任する技術開発局とも密接に繋がり、十二番隊隊士たちは皆人非人な人体実験を受けているとかいないとか。
 流石に眉つばな噂もあるが、当たらずとも遠からずといったところだろうと恋次は思っているし、他の者も大方同じ印象を持っているに違いなかった。現に花太郎の表情もよりにもよって十二番隊…と雄弁に語っている。

「まぁ…さんもちょっと…いや、結構変ってますから…」

 言いなおすのが妙にリアルで、果たしてその範疇で収まるものかどうか詳しく尋ねようと思ったところで花太郎に呼び出しがかかる。自分もまだ仕事が残っていることを思い出し、仕方なく四番隊を後にしたが、気になるものは気になる。一度礼でも言いに隊舎を訪ねてみるか、と我ながら暇なことだと苦笑しながら恋次は腕を掻いた。治りかけの傷跡はわずかに疼く。

2011/01/09







top  next