01

 生暖かい、淀んだ空気が頬を撫でる。
 時期を考えればおかしい事ではない。ないが自然なそれではない。
 闇夜に潜む獣の舌なめずり。獲物は自分たち。
 傷つき倒れた友が自分を捨てろと言い、出来るわけがないと吠えた。例え捨てて逃げたとて、いずれ獣の腹で再会するのは目に見えている。恐怖は思考を麻痺させ、鼓動だけが早い。
 獣の気配が動いた。倒れた友を庇う。牙が、
 『―――』
 低い、人の発する声が耳に届いた。
 背後から己を射抜いたのは、鎌鼬のような、鋭く強い一陣の風。そして耳をつんざく獣の叫び。至近距離で巻き起こった衝撃に身をさらわれそうになる。
 獣が二つ。
 一つは己を喰らおうとするもの、もう一つは己をその背に立ちはだかるもの。一方が一方を喰らい、喰われた獣はかき消えた。新たに現れた方が自分たちを振り返った。
 獣たちは獲物を奪い合っていただけなのか、いっかな状況が好転したと思えない。聞こえた声は確かに同胞のものだったけれど、嗚呼、そも同胞とは何だ。ここには人の言葉を解する獣がいるし、姿を同じくするもある。元は同じ生き物だったのだから当然だろう。
 そう、同じもの。
 自分も友も、目の前で消えたあれも現れたこれも。みな等しく獣。弱いか強いか、喰われるか喰らうか。
 残った獣が動く。気配が近づいて来る。見えるはずもない闇に、牙が見えた気がした。大きく鋭い、獲物を狩る為だけにあるもの。
 欲しい。
 自分も、あれが。
 喰われたくない。ならば喰われる側から喰う側へ。


 小さな小さな牙が己に宿ったのは恐らくその時だった。
 与えてくれたのは、獣だった。

2011/01/01







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