高性能探知機付きポンコツ君


 水羊羹、葛きり、水無月なんかもこの時期ならでは。
 お待ちかねの甘味を目の前に口を開けば、

「見つけたァ!」

 反物、扇子、小間物屋。
 贔屓の店は全て押さえられて久しく。

「もー、何してるんですかァ!!」

 ごく最近見つけた、隠れ家のような小さな店にまで。

「何なのよ、一体……」

 今日も今日とて悉く脱走先を突きとめられて根負けした乱菊は、非常に不本意ながら仲良く傘を並べ隊舎への道を歩いていた。きっちり目を光らせ後ろを歩く気配に、頭痛いわ、と顰め面の独り言は雨の音に紛れつつも届いたらしい。何ですかあ!?と果たして雨音に負けぬようにとの配慮なのかただの地なのか、無駄にでかい声で尋ねる男は己の部下。十番隊の、正真正銘下っ端死神。瞬歩もまともに使えないクセに。

……あんたって実はとんでもなく強かったりするの?」

 はぁぁ?と片眉をひん曲げた表情は何を偽るものでもない。ただの間抜け面、こちらが軽く苛立ちすら覚えるほどの。
 素直と言うか愚直と言うか、思っていることがそのまま顔に出る性質。腹芸の類が得意とはとても思えない。万が一その全てが偽りの姿だと言うなら見事に騙されていることになるが、ほぼ十割素で間違いないだろう。

 ―――どうしてすぐ、見つけられるんだか。

 いつも、どこにいても。
 最初の頃は兎も角、最近は百発百中。まるで犬のように乱菊の居場所をかぎつける。
 何せ真実下っ端であるから、ちょいと乱菊が先んじて逃げれば簡単に撒けてしまう。しかしそれもその時限り。一時的に誤魔化せてもすぐ次の逃亡先へと駆けつけるのだ、この犬は。埒の明かない追いかけっことお馴染みのでかい声にげんなりして結局いつもお楽しみ半ば、自ら隊舎へ戻る羽目になってばかり。今日など俄かの雨模様のところへお迎えに来て下さって、それもご丁寧に乱菊の分の傘まで持参とくれば逃げる気力も削がれてしまう。
 優秀な乱菊の上司、日番谷はそれをきちんと把握して今や捜索のほとんどをに命じている。他もまた同じく。本人は自分が下っ端だからと思いこんでいるが(勿論それも理由の一つではある)、最近は対外的にも乱菊のサボり=の追走の図式が認識されつつあり、乱菊にとっては迷惑極まりない。

「全くもう、日番谷隊長カンカンですよ!今日までって報告書、まだなんでしょう」

 もまた、不機嫌さを隠しもせずお説教を始めた。その声は雨音などに全くものともせずわんわんと響く。

「あー、そう言えば」
「それから新しい現世駐在の候補者リストは、」
「まーだー。だって今の子の任期終了までしばらく…」
「来月ですよッ、候補くらい早く挙げて下さい!!」

 すぐ傍でがなられて思わず耳を押さえた。

「耳元で吠えるなってんでしょ、馬鹿!」

 あんた声でかいんだから!と思い切り睨みつけ、ついでに一発お見舞いしてやればぱかりと実に中身の軽そうな音がする。いてェ!と喚くがこれは上司からの当然の制裁、教育の一環であり断じて謂われなき暴力などではない。そもそもこの男は敬意や礼儀を知らなさすぎる。

「松本副隊長がまともに仕事して下さるんなら誰もナンも言いませんよ!俺だって探しに行きゃそれだけ仕事滞るんです!!」
「あんたが残業だらけなのは単にトロいからでしょうが、人の所為にすんじゃないわよ」

 兎角この男は要領が悪すぎる。愚直という言葉がこうも似合う男もそういまい。
 毎度毎度、呆れを通り越して感心すら覚えるほどに馬鹿正直。命令には従うが当然だが、サボりの副隊長を連れ戻して来いなどと、まともに取り合うのも馬鹿馬鹿しい―――流石に張本人が言うことではないけれど。
 乱菊を探して瀞霊廷中を走り回り、その間に割り振られた仕事を誰が肩代わりするわけでもない。今でこそ多少時間の短縮は見られるが、捜索に手をかけ過ぎた為に暗い隊舎で一人居残り、という姿を目にしたのも一度や二度ではない。他の誰がそんな、不器用で良いこと無しな真似をするだろうか。

「あんたねぇ、そんな態度じゃ何十年かかっても出世できないわよ」

 実力至上が護廷の掟だがそれのみで組織は回らない。そもそも他と競う程の実力もない身の上のくせに、こうも歯に衣着せぬ物言いばかりでは集団と言うモノから疎まれても当然。既に乱菊の心証は最悪であるし。

「ほっといて下さい、つか、俺が出世できないとしたら原因の一端は間違いなく松本副隊長ですよッ」

 いてェいてェと頭をさすりながら、しかし全く悪びれない態度は最早見事。乱菊の額に、久々に青筋が浮かぶ。
 ここらで一発その性根をぶっ叩いて矯正して己の立場と言うモノを教えてやるべきではないか。長い目で見てそれがこの男の為だ。副隊長としての自分の役目だ。そうに違いない。

「ホントいーぃ度胸してんじゃない、アンタ…」

 乱菊がその拳にぐっと力を込めた、その時、の顔が奇妙に歪んだ。

「―――」
「は?」
「―――は、」
「な、何」

 くしゃり、と喚き出す一歩手前にも似て、しかし声はない。一体何のつもりかとほんのわずか乱菊が身を引くや飛び出したのは、

 ―――はくしょィッッ!!

 普段の態度と違わぬ、無駄にでかく豪快なくしゃみだった。
 身を引いていて正解、幸いにも飛沫の被害には遭わなかったが面食らった乱菊を余所には続けざまに二回三回、あまつさえ懐紙を取り出し思い切り鼻をかんで。

「あ゛ー…くそ、冷えるなァ」

 毒気を抜かれるとはこのことか。赤くなった鼻をこする様には一気に力が抜ける。

「………鍛え方が足んないのよ」

 喧しいやり取りに疲れたのと飽きたのと。投げ槍に言って隊舎へ向かう乱菊の背後、べっしょい、と水っぽいくしゃみを連発するがどれだけ冷え切っていようが乱菊の知るところではないし、責任を負うことでもない。誰に話したところで自己管理がなっていないと言われるのがオチだろう。
 そんな意を込めてばっかみたい、と放り投げてやれば、そいつは否定しませんがと実に恨めし気な声が返ってきた。

「しませんけど、他の隊に行った奴らがこんなこと仕事にしてるってのも聞いたことありませんねェ」
「余所は余所、うちはうち。嫌ならさっさと他移んなさいよ、七緒ンとことか」

 堅物の彼女となら上手くかみ合うに違いない、乱菊を追いかける際に顔見知りとなったに七緒の方も十分同情的だし。もっとも七緒ならのようにただひたすら追いかけるなどと効率の悪いことはしないだろうが。

「別に嫌とは言ってませんよ、面倒で迷惑ですけど」
「…それを嫌って言うんでしょうが」

 隊舎への道は人影もまばら。雨の降る音と足元で跳ねる水音だけの、先程までとは打って変わって静かなものだった。と言うより先程までが騒がし過ぎただけだろう。全然違いますよ、とどこか不貞腐れたようなの声は、そう言えばいつもよりずっと小さく落ち着いている、のに耳をすませるまでもなく良く乱菊の耳へと届いていた。

「ですんで余所に移る予定は今ンところありません。…というか大体俺みたいな下っ端がひょいひょい異動出来るわけないじゃないですか、十番隊に入れただけでも奇跡だってのに」

 それは確かに、の言うとおりに違いなかった。案外己の力量というものを正確に見極めているのかと一瞬、ほんのわずか見直しかけて首を振る。下っ端で未熟なことは火を見るより明らか、どんな判断基準も必要ではない。自分の不出来をこうもあっさり認めることこそ問題ではないのかと上司としては情けなくなるのだが。

「あんたそれ…自分で言っててむなしくないの?」

 下っ端下っ端と言われ続け無益な仕事を押しつけられる現状に、反発するとか逆に発憤するとか。

「事実ですから仕方ないでしょう」

 例えばそれが平静を装った、少し子供っぽい矜持から出た言葉であったなら。多少なりとも考慮のしようもあっただろうに。全くもってあっさり、何でもないことのように口にする態度には呆れ果てた。
 熱血でない自覚は十二分にあるがこれは流石に黙っている訳にはいかない、と肩越しに振り返る。

「それに好きですから」

 傘の下、睨みつけた乱菊が口を開くより先にしれっと。
 先程と同じ、何でもないことのように。

「好きですから」

 繰り返すの声も表情も平淡だった。真正面から乱菊を、平淡ながら何か秘めたような目で真っ直ぐ見て。
 雨の音が遠ざかった。
 ほんの一呼吸分、沈黙が流れた。
 それからすぐ、いや、と思い直したように少し首を傾げてみせる。

「―――というよりは。恩義ですか」
「恩、義?」
「ええ。十番隊に拾って頂けなかったら、どっこも行くところなかったわけで」

 乱菊を余所に、は自分の発言に納得したようにうんうんと頻りに頷く。

「つまりそのご恩を返す為にも、俺は余所に移るわけにゃいかないんです。俺に出来るならどんな詰まらないことだろうが何でも、」
「………ちょっと」
「それこそ伊勢副隊長を見習って十番隊の風紀を正すためなら己の出世なんぞ、ぁだッッ!」

 己に酔ったように段々鼻息荒くなってきたところへ、すかんッと乱菊の拳が入った。まくし立てている最中だったので舌を噛んだらしく、悲鳴も間抜けに響く。ひでぇ、と文句の声もその場にうずくまるのも放り出して、乱菊は目的地へ傘をくるりと回した。待って下さいと背中にかかるのも無視して行けば、どうせすぐバタバタと不調法な足音をたて水を跳ね上げ追いかけてくる。

「あんたもう、一生下っ端やってなさい」

 後ろから雨音に紛れ、否、紛れぬ喧しい声が上等です、と乱菊の耳に届いた。

「将来あるやなしやの出世より目の前の仕事ですから!」
「あるやなしや、じゃなくてないわよ絶対。保証するわ」
「ンな保証より向こう一月サボらない誓約書下さい!」
「あーあー何のことかしら聞こえないわー」

 騒ぎ歩くうち雨の音はすっかり戻った。人の姿も増え始め、隊舎ももうすぐ近くに見える。
 やっと、と知らず息の漏れそうになって努めて堪える。

 常にない平淡。その陰でほんのひと時、加減を知らず身を貫かんばかり閃いた鋭い視線。
 それはただの気の所為、降る雨に垣間見えた幻。ならば雨が去れば同時に消えるのが道理だろうと、乱菊は流れの早い雲に思った。
 あと半刻、辛抱の話だった。

2011/08/06







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