何度言われたことやら。美しくないと。
 身嗜みがなってない。立振る舞いも粗雑。戦い方なんか危なっかしくて見てらんない。
 全部本当のことなので反論は出来ない。それ以前に自分よりはるか上位の実力者に口応えなどおっかなくてとても。なので有難いお説教をうなだれ拝聴するばかり。
 ただ、大人しく聞くのとそれら問題点が改善されるのとはまた別の話と言うモノで。

「聞いてるの?

 いつもの通り頭上から降ってくるご高説をたまわりながらそんな事を考えていると、顔をのぞき込むようにして尋ねられて慌てる。

「あ……はァ、」

 頭が上手く回らなくて、我ながら間抜けな返事しか出ない。見上げた先、今度は溜め息が降ってきた。
 あ、失敗した。
 どうもこの間延びした反応が相手の苛立ちを助長するのだと分かってはいるのだけれど。

「全く…、君の耳は飾り物?ついこの間、同じことを言ったばかりだよ」

 ねぇ?と自慢するだけあって流石、整ったお顔で凄まれると思わず腰が引ける。こうなると、いやもうお小言が始まった時点で口にするセリフは決まっている。

「はァ、その…。申し訳ありません、綾瀬川五席」

 因みに今回は三日連続寝坊の罰として命じられた道場の掃除の後、ずぼらをかまして掃除道具一式を一時に片付けようと両手に抱え、足で戸を開けたところ見咎められた。後ろから声を掛けられ振り向いた際に道具をぶちまけてしまい弛んでいると叱られ、更に掃除が大雑把過ぎる、とも。

「謝罪の割に改善が見られないんだけど」

 耳が痛い。身を縮めるしかない。
 何か言った方が良いと思うがこの場合何を言っても言い訳にしかならないだろうし、改善してない事実も変わらない。そもそも上手い言い訳自体思いつかない。

「申し訳ありません…」

 あ、また失敗。

「意味のない謝罪は必要ないよ、美しくない」

 そう言われると思った。
 自分でも確かに思う。美しくはないなぁと。同じことを言わせてしまって申し訳ない、情けないとも。でもその片隅で、そろそろ匙を投げてくれないかな、なんて考えているのも確か。
 自由奔放な言動にややもすれば身勝手な奴と誤解されがちな綾瀬川五席だが、実はとても面倒見が良くて、彼以上に奔放な上司たちの補佐を誰に言われるまでもなく己の役目と定め立派に果たしている。十一番隊の隊士なら全員が承知している事実。それに加えて美しさに人一倍こだわる、というか美しくなければ存在価値なしとまで言い切りかつそれを体現し続ける程のヒトだから、周りに美しくないもの、つまり生来トロくてみそっかすで昔から周りを苛立たせているばかりの自分などがちょろちょろうろつくのが我慢ならないのだろう。
 この喧嘩上等、血気盛んな男たちの集団、十一番隊にあって浮いている自覚はある。加えて希少な、一応女子隊士だから特に目につくのかもしれない。
 繰り返しになるが、申し訳ないとは思っている。綾瀬川五席の言うとおりにした方が良いのは確か。だから努力もしているし、それ以前と比べれば多少改善はした。事実昔の知り合いには成長したね!と涙ぐまれたぐらいなのだからこの点、間違いはない。けれどそれも綾瀬川五席の求める水準には遥かに及ばないらしく、叱責の手はいっかな緩む気配がない。
 ここに至るまでン十年。綾瀬川五席が良しとする水準までにはあと何十年かければ良いのか、そもそもたどり着くことが出来るのか。
 鬱陶しいとか、何で自分だけ、とは思わない。むしろ偉いなぁと思う。本人の精神衛生上の為とは言え仕事では勿論ない。
、益もまるでないことにこうまで熱心になられるとは。だから申し訳ない、以後精進しますと毎回言いはするが、この有り様。そろそろ諦めてくれた方が双方の為ではないかな。
 お説教を聞きながらそんなことをつらつら考えていると、馴染みの幼い声がした。

「ゆんゆんったらまたいぢめしてるーっ」

 いっけないんだーと明るい声と共に背中にのしかかる重み。我らが十一番隊の草鹿副隊長だった。勢いの良さに前につんのめったが何とか踏ん張って堪える。また新たなお小言の対象をつくってはなるまい。

「いじめてませんよ、ただの指導です」

 憮然とした反論に、何だ何だとまた別の声が。

「お前はまァた弓親怒らせてんのか〜」

 面白いものを見つけた、とばかりの斑目三席と、その隣には少し前までこの六席だった阿散井六番隊副隊長。
 本来なら隊務以外で関わることなど皆無だったろうほど上位の人たちが勢ぞろい。でも恐縮はしても今更なので驚きはしない。度重なる綾瀬川五席のお説教の為にすっかり顔と名前と、ついでに粗忽さ加減も覚えられてしまっている。これを覚えめでたき、と喜ぶ事など出来るはずもないのはさておき。

「今度はまた何やらかしたんだよ?」
「どうせまたくだんねーずぼらかましたんだろ」
「あははーのお馬鹿さーん」
「…返す言葉もないです」

 詳細は兎も角、見透かされて取り繕う意味もこの場合ありはしない。草鹿副隊長の小さな手がぺちぺちと頬を叩いた。地味に痛い。

「お前は…相変わらずだなァ…」

 阿散井副隊長が重い溜め息をつく。元十一番隊らしく少し荒っぽいけれど綾瀬川五席に輪をかけて面倒見の良い阿散井副隊長にはやっぱりお世話になりっぱなしで、昇格異動となった時にはもう何かあっても面倒れねぇんだからな、ちゃんと精進しろよ、周りに迷惑かけんなよ!と散々言われたのに。

「こないだも怪我して四番隊かつぎ込まれたって?」
「あー…はぃ、」
「その前の任務中にゃ迷子になってたんだぜ、こいつ」
「は!?迷子って、お前幾つだよ!」
「面目ありません…」
「昨日ご飯の茸残してたの見ちゃったもんねー」
「あ、あれはそのぅ」

 容赦ない暴露に慌てるが、これも今更取り繕ってもしょうがない、すぐ諦めた。事実だし。諦めの良さだけは一品だと言ったのは誰だったろう、まぁお久しぶりの阿散井副隊長との会話のネタとなるなら悪いばかりではないだろうし良いか。
 事実何だかんだ言いながら場の空気は悪いものではなかった。次々飛び出す間抜け話に小言を言いながら阿散井副隊長も斑目三席も、草鹿副隊長は大体いつもだけれど、その場にいる全員表情は和やかだった。一人を除いて。

もなー、いい加減にしっかりしねぇと、」
「ホントいい加減にしなよね」

 はっきりと、不機嫌な声が阿散井副隊長の言葉を、その場の空気を断ち切った。

「怪我したのは阿呆な誰かを庇ったからだろう、それだって相当阿呆だけどね。迷子になったのは事前の調査隊の手抜き地図の所為で、茸が食べられないのは毒に中ったことがあるから、だっけ?」

 一息に言い切った不機嫌な声に誰もが呆気に取られた。え、今の誰が言ったの、という感じに。

「どうしてそうなったかとか、説明すら出来ないわけ」

 苛々とした、綺麗な形の目に見下ろされて、驚いた。
 怪我の原因だとか茸のことだとか、何で綾瀬川五席が知っていたのだろう。
 どうも怒っているようだけど、突然何故だろう。
 驚き慌てて、けれどこの働きの鈍い頭はやっぱりいつもの通り、はぁ、と間抜けな返事しか出さなかった。

「申し訳ありません…」

 もっと気の利いた反応が返せたら良いのだけれどどうにもこうにも、いまいち綾瀬川五席が不機嫌な理由が分からないし。それこそ申し訳ないほど鈍臭い頭で三度目の失敗と分かっていながらそう口にすると、やはり一分の隙もなく整えられた眉はつり上がった。

「それは一体何に対する謝罪?」
「えー…と、その、色々と…」
「言った筈だよ、意味のない謝罪なんて必要ないって」
「はぁ、でも、この場合、原因は自分だと思いますので…意味ないというわけではなくて…」
「君にはあるかもしれないけど。少なくとも僕には伝わらないね」

 下らないと言い捨てた声も表情も腹立たしげで、それは自分に向けられたもので、するとやっぱり原因は自分にあるらしい。だから謝罪は必要かと思うのだけれど、適切な言葉の思い浮かばないままでは一層綾瀬川五席の苛立ちを煽ることにしかならない。

「すいませ、」
「だから必要ないよ、そんな、馬鹿の一つ覚えみたいに」

 それにしたって。
 何でそれほどまでに。

「…おい、弓親?」
「何さ」
「いや、何って…」

 まるで本人確認でも取るように名前を呼んだ斑目三席も思わず身を引くほど、声にはドスが聞いていた。

「お前、どしたよ?」
「どうもしないさ、単に美しくないものに虫唾が走ってるだけで!」

 これ以上なく忌々しい、と言い捨てその場を立ち去る後ろ姿をぽかんと見送るしかなかった。

「…何なんだ、ありゃぁ…」
「何なんすかね?」
、昔毒キノコ食べたってホント?」
「あ、はいホントですが」
「いやいやいや」

 今はそこじゃないでしょうと阿散井副隊長のツッコミも残念ながら良く分からなかった。
 兎角今日は分からない事だらけだった。

2011/07/07




弓親のあだ名がどうしても見つけられず、とりあえず「ゆんゆん」



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