※過去話
※皆二番隊
「…おぬしらは、本当に」
夜一の呆れきった声は途切れ宙に投げ出されたが、どんな言葉が続くか想像は容易い。倒れ伏したと喜助。そのどちらも後を紡ぐ気はなかったが。
果ての掴めぬ奇妙な空間。天井の、そのまた上には罪人を断罪するための二つ、双極の矛と磔架がそびえ立っている。その丘の下、喜助がこっそりこの修行場をこしらえたのはもう何年前だったか。幼い頃二人でさんざ暴れていた時から随分経ったは経ったが。左に長く走る亀裂も右の岩山にぽかりと間抜けに開いた穴もつい昨日まではなかった。地面もここまで抉れていなかった筈。
「いや、ちょっと…ッ、やりすぎちゃい、ましたか、ねェ」
夜一の目の前で荒い呼吸を繰り返す合間、苦しそうに、しかしどこか楽しげな声で仰向けの喜助が言った。傍らには抜き身の斬魄刀。最早握る気力もないと見えるのに呑気な調子にむむ、と夜一の眉間が寄る。そのすぐ近くで同じく倒れているもぜ、ぜ、と肩で息をしていた。
「阿呆よの」
改めて投げ捨てられた言葉に喜助が苦笑だけ返す。それが妙に癪に障って、夜一は苛立たしげに頭をかいた。
「でもッ、今回、は。アタシの、勝ち!ッスね!」
仰向けのまま首だけを反らし、実に愉快そうに言う喜助の視線の先、はまだ肩を上下させるばかりで反応を返さない。
「ボロ雑巾が何をほざくか。相討ちが精々よ」
素っ気なく言ってやるが、とっておきの仕掛けが成功した時のように、嬉しくてたまらないとニヤニヤ笑う喜助には聞こえていないらしい。漸く呼吸を整えたか、が珍しく苦い声で応えた。
「…降参した、覚えは、ない」
「降参って、一目、瞭然、でしょう!」
「その様で、か」
「お互い、様ッス」
「なら、俺の負けも、ない」
正真正銘の阿呆共、とばかり夜一は頭を抱えて嘆息した。殴り殴られ過ぎてお頭の方までやられてしまったらしい。
「さっさと湯に浸かってこんか。続きはそれからじゃ」
例え傷が癒えようとも最早今日これ以上は体力の持つまいが。
「………」
「………」
倒れたまま睨み合うと喜助。勝敗を認めないのがそれほど不服か、また一線やるつもりか。いい加減にしろと怒鳴りそうになって気づく。
何か、妙な。
「………まさかおぬしら」
「そんなわけないでしょう」
「ないだろう」
どちらも視線はお互いを見据えたまま。反射的に夜一の言を否定するくせ、天敵を目の前にした獣のように身じろぎもせず。この場合どちらが獲物か分かるものではなかった。
「……先に行け、後から行く」
「サンより先になんて、とんでもないッスよ」
「いつも気にしたことなどないだろう」
「前々から思ってましたがサン、アタシのこと誤解してません?」
「この上なく正しい理解だと思うが」
「いい加減にせんか間抜け共ッ!立てんなら立てんと、」
そんなわけがあるかと同じ言葉で夜一を遮り同時に跳ね起きた二人ではあるが。
がくり。
ぐしゃ。
*
触れるだけで傷を治す効果のある温泉の元まで一人ずつ担ぐなどせず二人いっぺん、その驚嘆に値する筋力でもって引きずり運んだ夜一の手で、と喜助の体が宙を舞い。
立ち上った二本の湯の柱がおさまってもしばらく浮かぶものはなかった。
12. 立 て な い
2011/05/18
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