九番隊の副隊長、は優秀な死神である。
 斬拳走鬼を隙なくこなし部下の信任も厚く、表立ちはしないがもう一人の副隊長、檜佐木を助けて良く務めを果たしている。

 日常においてはその寡黙さでもって時に誤解を招くこともあるが、慣れれば本人にも相手にも問題はない。時間をかけて付き合えば人となりの妙も知れ、好ましく思う者も多い。
 しかし如何ともし難い悪癖が、彼の男には一つ。



 行く先知らず、彼の人を知らず



「檜佐木副隊長、またです…」

 どんよりと暗い表情で第五席を務める男が言った。

「またって…まさかオイ」

 九番隊特設の編集所で出来上がったばかりの精霊廷通信を手にしていた檜佐木は視線を執務室の方へと投げた。勿論壁が透けて見えるはずもないが、死神なら誰もが持つ感覚でもって幾多の建物も距離も飛び越え彼の者の存在を探る。
 が、しかし。

「…やられたッ!」

 感覚では見つけられず、瞬歩まで使って舞い戻った執務室はもぬけの殻。いるはずの男の、その影すら窺えなかった。机の上には己の代わりとばかりの副官章。添えられていた書き置きが、檜佐木の手の中でぐしゃりと潰れた。

「『少し出てくる』じゃねぇよあの野郎!」

 無骨な手で書き残された一文は、悪筆でもなければ流麗でもない。味気ないそれが一層無感情になるが、そもこんなものに味も何も求めていない。問題はそこに書かれた内容とこうした行動に出る男。

「あ〜、またやられちゃいましたねぇ」

 唸る檜佐木とは対照的に呑気な様子で続いたのは三席のだった。ひょいと無遠慮に檜佐木の手から件の書き置きを抜き取りしげしげ眺めて、

「まぁ問題ないんじゃないですかァ?」
「…これの何がどー問題ないんだよ」
「『少し』って仰るんですからきっと二、三日中には戻って来られますよぅ。当座の仕事は全部片して下さってますし」

 の指さした先には山積みの書類。その全てが処理済みであることは確かめずとも経験則上分かっている。

「いざって時は伝令神機も地獄蝶もあるんですから、だいじょーぶですって」
「………そういう問題じゃ、ねーよ」
「ならどーいう問題ですかァ」

 小首を傾げる様が態とらしくてぴくりと米神が引きつる。付き合いの長い三席は遠慮も何もない。此奴女じゃなきゃ絶対容赦しねェ、と思いつつ自称紳士の檜佐木は唸るにとどめた。

「問題ってんなら最初から全部問題だっつーの!」

 あいつには責任感とか危機感とかってもんが足りねぇそもそも副官章置いていくあたり大問題だし書き置きにしたって意味ねぇだろすぐ戻るってなんだよ!
 眉間に皺を寄せて盛大にまくし立てる姿は一見本気で腹を立てているように見える。否、腹を立てていること自体は間違いないが。

「……女房に出て行かれた旦那みたい」

 冷ややかな一言はしっかり旦那、もとい檜佐木の耳にも届いて。
 突然始まった副隊長と三席の追走劇に、他の九番隊隊士たちは本日の業務強制終了を知るのだった。



 隙ない斬拳走鬼。部下からの厚い信頼。実直、勤勉。の持つそれらの美点は恐らく唯一にして最大の悪癖、予告なし大脱走、でもって全て無と帰す。
 普段一日の始まりから終わりまで真面目に務め、時には想定以上の働きもする彼だが、連続する日々の中突如姿を眩ませる。
 そこに決まった周期も前触れもなく、一月のうち連続することもあれば半年動かない場合もあり予測も事前の阻止もほぼ不可能。本当に思い出したように突然で、一旦距離を取られては探りにくい霊圧も災いし追いつき捕まえることも非常に困難だった。残された者たちが出来るのはただ、机の上に置いていかれた副官章を見てまたかと肩を落とし、書き残された一言でもって戻る日数を推し量る程度。
 戻ってきた本人に檜佐木をはじめ他が幾ら詰め寄ろうと、はこれを止めない。何処にと尋ねても前回西で今回は北、第一地区なんてすぐ近くでのんびりしていたかと思えば五十番台をうろついていただとか節操もない。どうしてと尋ねれば上手く説明出来ないと返る。

「本当に……一体何でですかね?」
「ご本人に分からんものが俺たちに分かるものか」

 檜佐木たちが駆けて行った方角を見ながらため息交じりに一人が良い、もう一人も肩をすくめた。
 呆れ怒りする反対で、のその悪癖は隊士たちに最早黙認されつつある。放置していてはいつか取り返しのつかないことに、と危ぶむのも確かだが、不測の事態が起こった時に備えた訓練だと何とか前向きにとらえられないこともない、と。元より九番隊に隊長はいない。その存在がいかに核であるか、皆身に沁みて理解している。核故に依存してしまう危うさも。
 彼の人の存在は大きすぎた。失くして数年で、とても穴は埋められない。その人を知る者にとっては恐らく最後まで。
 新参の副隊長がふらりと姿を眩ます度、皆またかと肩を落として、呆れ、怒り、同時に可能性に思い至って背を粟立たせる。

 ―――もう二度と、戻らないのでは。

 今のところそれはすべて杞憂に終わりはいつもこの九番隊へと戻ってきてはいるが、可能性がゼロになることはない。時も場合もヒトも、可能性は選ばない。
 の雲隠れに、隊士たちを鍛え直そうだとか試してやるだとか、そうした意図があるわけではない(本人がきっぱりと否定している)。しかし事実として隊士たちは隊長格が予定外に欠けて、緊張し覚悟を改める。不利益ばかりではないと寛大に受容する者がいるから、今回もyの“散歩”は大目に見てもらえる。勿論戻った時には檜佐木や他の説教に苦情が待っているが。
 不利益だけではない。
 だがあの方は自覚しているだろうかと、残された者たちは紅に染まり始めた空を仰いだ。
 自分たちがこんなにも心配していることを。ただ純粋に無事の帰還を祈って、どことも知れない地に思いを馳せていることを。
 説教も当然、皮肉も苦情も当然。出歩いた分だけ自分たちの傍にいてくれるのも当然。そう思って待っていることを。

2011/04/30





※長編24.5話にちょっと関連したお話。

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