尻尾よ、さらば


 俄に外が騒がしくなったような気がして、檜佐木は机から顔を上げた。口を開きかけたが、そこに見慣れた相方の姿はない。作業に没頭していて忘れていたが、先に昼の休憩に行ったのだったと思い出す。
 そういえばが出てから随分時間が経っている。珍しいことだと思いながら固くなっていた背を伸ばした。昼時くらい執務室を空にしていても別段問題はないのだが、今日は偶然細々と仕事が途切れず暗黙のうち交代で出る形となった。机に積まれていたものは粗方片づいたし、後はゆっくりやれば良いかと相方の似たような机事情を見て、昼休憩を取るべく檜佐木も椅子から立ち上がった。と、同時に外から相方のお帰りの声がした。

「おー、遅かった…な?」

 目の前を横切った相方の姿に、何か違和感を覚える。
 いつもある何かが足りなかったような。

「すまん」
「いや別に……え?」

 首を傾げた檜佐木に相方は何を言うでもないが。

「え、お前、あれ?お前、誰、?」
「……そうだが」

 深々とため息をつくその人の眉にはくっきりと皺が刻まれている。疲れたような呆れたような、その表情は初めて見るものだった。その感情を、ではなくて顔、そのものが。
 何故ならそれを遮るものがなかったから。

「な、なぁぁぁ!?」

 盛大な声が上がると同時に失礼しますッと外からやたら勢いこんだ声。返事より先に戸が勢い良く開かれて、飛び込んで来たのは九番隊第三席以下の面々だった。

「―――短ッ!!!」

 第一声は誰のものだったか。
 許可を待たず乱入してきたことを咎める余裕は、檜佐木にはなかった。も最早反応を放棄している。

「おまっ、お前、なんだそりゃ!」
「いきなりどうしたんですか、」
「今切ってこられたんですか、」
「ていうか短いです!!」

 劇的な変化に、檜佐木をはじめとするその場の全員が騒ぎ立てる。前は目を覆い隠すほど、後ろは背中の真中ほどまでもあった薄墨色の髪が、今や檜佐木よりも短く刈り込まれている。

「………ああ」
「ああ、じゃねーよ!何で!?」
「切れと言われたからだ」
「誰に!?つーか色々端折んなって最初から説明してくれよ!」
「…しないと駄目か」
「いや駄目、じゃねーけど…ね?」
「教えて下さぁい!!」

 はいはい!と子供のように手をあげたのは三席の。調子づいた四席以下からも是非に!と次々上がる声に、またの深い嘆息が被る。この程度の悪ふざけで怒るわけでも機嫌を悪くするわけでもないと今では十分分かっている筈が、見慣れないものに一瞬腰が引けた。まるで別人だなァと誰もが思いは同じにを見つめる。

「……休憩前に、ついでに十番隊へ書類を届けに行ったろう」
「あ?ああ、そうだったっけか。んで?」
「十番隊の執務室には日番谷隊長と松本と、偶然朽木隊長も所用でおられた」
「はぁ、朽木隊長が…」
「それで?」
「副隊長になったのならば、身なりも他の規範となるよう心掛けよと」

 あー…と生温い声がいくつか漏れた。

「それはちょっと…朽木隊長っていうのがツいてなかったですねェ」
「あの人なら、なぁ…」

 その場にいた者の心中を代弁するのセリフ。中には頷く者さえいて、檜佐木もまたそのうちの一人だった。

「それで、松本が」

 気の毒に、と頷いていた一同がしかし、続く言葉に目を剥いた。

「え!ちょ、お前それ、乱菊さんに切って貰…!?」
「…断り切れなかったんだ」
「おおおおおまぁぁぁ!なん、それ、なんっつー羨ましい!!!」

 檜佐木同様、叫ぶ男性隊士に女性隊士が冷ややかな視線を投げつける。その筆頭、に至っては最早男連中など眼中になしとばかり、物珍しそうにの短い髪を検分しはじめた。

「やー、流石は松本副隊長。ばっさり、容赦なし、ですねぇ。確かにすっきりしましたよぉ」

 身なりに関して何か特別な規定があるわけでもないが、のそれが鬱陶しかったのは周知の事実。それでも異動前よりは多少改善されたらしいが、あの何のお構いなしで伸び放題の状態と比較すれば格段に清潔感がある。
 当の本人は妙にすっきりしすぎた頭部に慣れないのかしきりに後ろを気にしているが。

「大丈夫ですよ、直ぐに慣れますから!」
「随分長かったですもの。落ち着かないのでしたら、後ろだけ伸ばされては?」
「伸ばし方が問題なんですよ、鬱陶しいって言われないようにしないと」

 物珍しさから周りを囲む女たちがああでもないこうでもないと言い合う中、そっちのけにされている本人の表情はますます仏頂面になっていく。
 残された男たちはの一見不運その実幸運を歯噛みして羨み、本当に女ってこういう話題が好きだよなァとぴぃちく鳴く女たちを生温い視線で見やるのだった。

2011/04/16







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