いらっしゃいました、と戸の向こうからの声にちょっとばかし気合を入れ直して許可を伝える。やっぱ緊張してるなと自覚しながらそいつを出迎えた俺は、まず最初に眉をしかめた。何でってそりゃ、むさ苦しかったからだ。
 身の丈は俺と同じくらいの男の、その髪が。
 長いのを後ろでひとまとめにしているがボサボサのそれはまるで竹ボウキだし、前髪なんぞ長すぎて目がまともに見えない。色も問題だな、灰色って。派手なんだか地味なんだかよく分からねェ。

と申します」

 静かに名乗って腰を折る動作は落ち着いている。隙がなさそう。がたいも良いし、恐らくこいつの一振りはかなり重い。

「…檜佐木、修兵だ」

 名乗り返して少し表情を柔らかくはするが、手は差し出さない。まだお互いそりゃ早いだろってな。

「まぁ、これからよろしく頼むわ」
「こちらこそ、どうか」

 挑むような視線で見てやれば真っ直ぐ見返された。あの例の、鬱陶しい前髪の向こう、よく似た色の目で。
 それが二番隊十九席から九番隊副隊長、なんて大抜擢された男との最初だった。





宜しく相棒





 白罌粟が描かれた副官章を左腕に付けたとは、そこそこ上手くやってる。来たばっかの時はそりゃ大変だったけどな。は九番隊も上位席官の仕事ってのも知らねェから一から教えにゃならんかったし、下の奴らはに対して裏に表に反発するし。
 でもまァ、よそから来た上役なんて誰でも警戒して当然だ。その上は元十九席。そんな奴がいきなり副隊長、なんざ気分悪いに決まってんだろ。俺だって同じだ、そこまで出来た性格じゃねぇ。
 だから事態を放置したのは、俺なりの反発と言うか。
 いやっ、ちゃんと理屈はあるんだぜ。人心掌握は上に立つ者の基本だろ、どの道やつらに認められなきゃこれからやっていけねェし…つまりはお手並み拝見のつもりで。おかしかねぇだろ、筋通ってんだろ?
 でもまさか、こんなになるとは思っていなかった。認める、俺は甘かった。
 最初から小さな反抗はあったんだがは何とかそれをいなしてるようだったし何も言わないし(あいつマジ口数少なすぎる。それも問題)俺はそれらを大目に見てた。そもそも斬拳走鬼の実力はあるんだよ、当然ながら。数回手合わせすりゃ十分分かる。だから大体のことは心配いらねェだろうと。


 事の起こりは俺が別件で外してた時の緊急出動だ。
 数体の虚の出現に応援要請が入って、と四席が出た(三席は俺と一緒にいた)。当初虚に遭遇して応援要請を出したのが十五席以下の面々。と四席が駆けつけた時かなりやられていたらしい。そいつらに下がれと言って、は四席と共に虚に向かっていった。妥当な指示だ。が、十五席の奴がこれを無視した。
 この十五席ってのが、命令でも納得のいかないことには従わねぇわ上の奴等にも平気でガンガン噛みつくわ、そのクセ下からはやたら慕われてるって扱いづらい奴で。更に厄介なことに、東仙前隊長に心酔していた奴はあの人の裏切りとその結果と、今回の人事に一言も二言もあったらしい。らしいってのは後から奴の周辺から聞いたんであって、適時に適確な補佐を入れられなかった俺ら上役の失敗である。言わせてもらえば俺も他も似たような心境だったけど、言い訳は男らしくねぇかんな、止めとく。
 話を戻すぜ。
 の命令を無視した十五席の奴は、動ける奴らを連れても一度虚の元へ向かった。背後から挟み撃ちのつもりだったらしいが。結果はもう予想がついてんだろう、大失敗だ。策自体は悪かなかったが、そもそも挟み撃ちってのは相方とのツーカーの呼吸が必要だ。状況を読み切れず返り討ちのうえ、いる筈なかった仲間に動揺した四席も重傷。虚自体はが討ったが負傷者は倍に増えた。明らかに出さずに済んだはずの被害。
 俺と三席が四番隊の連中を連れて現場に駆け付けたのは全部、何もかんも全部終わった後。負傷した奴等を四番隊に任せて他から報告を受けて、奴等のとった行動に呆れ怒り、同時に俺自身を恥じた。隊内の不和は遅かれ早かれこうした事態を引き起こすと分かっていたはずなのに。俺の見て見ぬふりの行動が、下の奴等の反発心に影響を及ぼさなかったわけがない。お手並み拝見だとかいって、遠くから眺めているんじゃなくて、俺自身はもっと積極的に動くべきだったんだ。
 中途半端が一番いけない。

「すまねェ、

 重くはないが軽くもない怪我を負って治療を受けるに向かって俺は詫びた。俺の謝罪を、は否定しなかった。

「俺も、足りなかったらしい」

 きちんと理解した声で、それからも俺にスマンと詫びた。俺もそれを否定しなかった。
 そんな事件があってから隊の空気は一変しては他からも受け入れられて―――と、実際問題ンな上手いこといかねぇよ。現場を見ていない奴等はこそ失態の根本だと思ってっし、もそれを否定しねーし(丸っきり間違いってわけじゃねぇのが性質悪い)。ただ、俺との間にあった壁だとか遠慮とかは随分消えたし、あの時現場に出ていた奴等、特にあの十五席が。

「…っ、もう一本!副隊長、もう一本お願いします!!」

 にたたき落とされたばかりの木刀を拾って吼える、十五席。

「待てコラ堂本!!さっきから三本連続じゃねぇか、いい加減代われ!」

 あ、堂本ってのは十五席の名前な。今更だけど。

「お前は俺に負けただろうが、大人しく見てろッ」
「んだとぉ」
「……お前達二人でやると良い」
「「あ゛ッ」」

 あれからこっち、修練の度この調子である。
 隣に戻ってきたを、えらく懐かれたなァとニヤニヤして迎えてやったが奴の反応はそうか、とだけ薄い。結構長く打ち合っていたはずなのに汗もほとんどかいていないこいつの一振りは最初の印象通り、やはり重い。腕が痺れて筆が持てない、と嘆いたのは誰だったか。その上二番隊ならではの速さもあるから厄介だった。鬼道と白打も合わせて一通りこなす、理想的な副隊長というやつだろう。鬱陶しい前髪の向こうから全体を見渡す目に隙はない。

「…お前あの時、何言ったんだ?堂本に」

 命令を無視して被害を大きくさせた堂本を、当然ながらは叱責したらしい。らしい、と言うのは俺がその場を見ていないからだが。一体何をどう言ったことやら、駆けつけた俺らの前で堂本はべえべえ泣いていたのだった。大の男が一目はばからず、だぜ?正直どん引きだった。
 命令違反の件は詳しく聞いたが他の点についてはちょっと追及できない。堂本当人が真っ赤になって貝の如く口を閉ざすからだ。まァ恥ずかしいのは当然だろうし、どうしても聞かなければならないことでもない。

「大したことは何も」

 代わりにを追求するのだが、その度こうはぐらかされる始末。
 いや問題解決したんならいーんだよ、俺も。でも気になるだろ気にすんなって方が無理だろ。あれだけあからさまに「お前なんか認めねぇ」ってツラしてた奴が今じゃ犬コロだ。
 悪いとは言わないが、ちょいと懸念もある。

「ただの尊敬か、それとも…なァ?」

 堂本はただ、代わりを見つけただけじゃないのか。心酔していたあの人の。だとしたら危うい。過去の自分が全くそうではなかったと、言いきれないのも居心地悪い。

「……あいつはこれから伸びるかもしれない」
「え、は?あいつ?堂本?」

 唐突な一言に物思いがぶった切られた。なんのこっちゃと奴の視線を辿れば、木刀を振るう堂本。
 太刀筋はまぁまぁ。力はある。だがそれに頼りすぎるきらい有り。

「…へぇ?副隊長殿のお見立てか?でもあいつが十五席になったってのも随分昔…、俺が副隊長になるより前の話だぜ」
「賭けるか。この一年で奴が十席以上に入るかどうか」

 驚いたのは色々だ。
 堂本の実力は俺も良く分かっている。そもそも扱いにくさが災いしての十五席だから、それが治れば昇格は有り得ない話じゃない。けど一年以内って。十席以上って。何よりが部下の昇格云々を賭けの対象にするとか。打ち解けてきたってことか?この軽い内容と口調は。
 嬉しいとか嬉しくないとか。あ、やべーぞコレ。
 あれだ、あれ。野良猫馴らし。あれに似てる。

「……良いぜ、何賭ける」
「ひと月分の昼食代でどうだ」
「そりゃまたえらく強気に出たな。はは、楽しみだぜ」
「檜佐木、」

 ―――誰も彼も、それほど大きな力は持ってない。

「他人の意思を変えるほど大きな力など、ないんだ」
「他人の、特に尊敬する人のそれってのは、自分が思ってる以上に力を持ってるもんだぜ」
「それ以上に我というものは強い」
「同時に弱い。冗談みたいなことで冗談みたいに壊れちまう時もある」
「それでも。己自身が選んだものでなければ、その先には進めない」
「その選択が完全に自分の意思の下で選ばれたものだって、どうやって分かる?」
「分かるのじゃない。そうでなければ進んでいけない。何十年何百年と戦い続けられない」
「迷うことはねぇのか?」
「だから他人がいるのじゃないのか」
「一緒に進んでってもらう為か?」
「反対を行くこともあるだろうし、進むのを阻みもするだろう」
「正しいのはどっちか、分かんなくなっちまうぜ」
「正誤のつけられるものばかりじゃない。その判断の全てまで、俺たちが背負わなくても、きっと良い。背負うものが多すぎると動けなくなる」
「俺たちゃ副隊長だぜ」
「だがその腕は二本しかないことは他と何も変わらないんだ、檜佐木」
「…今日はえらく、饒舌な副隊長だな」
「すまん」
「いや悪かねぇよ。っていうかむしろもっとお前は喋れよ」
「言葉を惜しんでるつもりはないが」
「つもりはなくても少ねぇって。他の奴らだってもっとお前と話したいと思ってんだから、もっと喋れよ」
「……努力する」
「おう、宜しく。相棒」



 そんなこんなで上手いことやってっから、まぁそう心配してくれるなよ。
 賭けの行方?
 …聞くだけ野暮だろ、そういうもんは。
 つーか聞くな察しろそっとしておいてくれ泣くぞこの野郎。

2011/04/10







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