一日、朝から晩までこき使われてボロ雑巾のように草臥れ果ててようやくたどり着いた我が家で。
 愛しのベッドで勝手に寝こけている侵入者がいた場合、どうするか。
 奈良シカマルの場合、深い深いため息を一つついて、暖かい布団に包まる侵入者の顔の真上、刃を下に向けたクナイをパッと手放した。

「……あっぶねぇだろが」
「うるせぇ不法侵入」

 落下したクナイはしかし侵入者の顔を串刺しにすることなく、その手で受け止められた。勿論血の一滴も流れてはいない。

「こちとら長期任務からのご帰還だぞ。静かに寝かせろ、ウマシカマル」
「とっくに目ェ覚めてたろうが、アホ。つーか俺の寝床じゃねぇか」

 起きろと乱暴にベッドを蹴るが、ヤダねと侵入者、はすげない上、更に布団を体に巻きつけた。

「眠ぃんだって」
「てめーの家のてめーの寝床で寝ろっつってんだ。…つーか帰還したんならさっさと火影ンとこ報告行け、真っ先に俺ン家侵入すんな」
「そこ」
「ぁあ?」
「報告書、そこ」

 みの虫よろしく丸まった布団から手だけ伸ばして示したテーブルの上、確かに数枚の報告書らしきものがあるが。

「…お前が直接持ってけ」
「だから直接渡してんじゃん、火影補佐官殿」
「俺にじゃなくて受付にって…あーもーメンドくせぇ」

 この男は本気で自分を己専用の窓口か何かだと思っていやしないか。
 里の中枢を担う上忍の一人としてどちらも日々忙殺されているが、シカマルが火影補佐官として主に里内で細かな仕事に追われるのに対し、は外ばかり駆け回っている。
 頭は回る方だがシカマルには到底及ばない。愛用の得物は手甲で接近戦タイプ。しかしキバやナルト程の筋力体力はない。忍術もそこそこ、それなり。
 矢鱈灰汁の強い同期の面々の中にあって特筆すべきもののないは、中忍から以降の伸びしろを全て底上げに費やしたらしい。つまり小器用な忍びになった。若干のんびりだが辛抱強い性格とも合わせて、回される任務も長期でじっくり、諜報や潜入の類が多い。というかそれを回しているのが他ならない補佐官のシカマルなのだが。
 そしてそれらの任務から戻る度、現在一人住まいのシカマル宅に侵入しては勝手に眠りこけている。ちゃんと己の家があるのに、だ。

「いて、蹴んなよ落ちる」
「そっち詰めろ、てか落ちろ」

 毎度のやり取りも、疲れ果てている今日のシカマルには面倒くさいことこの上ない。どうせ何を何度言っても聞かないし。

「ンだ、寝んのか?シカマル」
「疲れてんのはてめーだけじゃねぇぞ」

 本来ならゴツい野郎と同衾など御免こうむるところだが、最早別に布団を敷くのも面倒くさい。乱雑にベストを脱ぎ捨てて潜り込む。
 布団はちょうど良い人肌に暖まっていた。

「あったけぇだろ」
「るせぇ、手柄みてーに言うな」
「狭いけどな」
「てめーが邪魔なんだよ」
「でかいの買ってやろうか、」

 俺今、小金持ちだし。
 妙に実状を表す言い回しに思わず笑うのと意図に不快になるのと。

「…これ以上てめーの居着くネタ作ってたまるか。つか金勘定も俺の仕事のうちだ」

 迷惑料さっ引くぞと眉間にシワを寄せて唸るシカマルに、冷てぇな、とが態とらしく枕に顔を埋めすんすん鼻を鳴らす。

「あー…シカマルちゃんの匂い…」
「きしょいんだよ!」

 飛び起きて枕を強奪する。ついでに拳骨一つ万年お花畑の頭にお見舞いして。ひでぇと喚くのにもう一発喰らいたいかと返して漸く黙らせた。

「……でも俺、シカマルん家の匂い好きだぜ」
「まだ言うか、てめー…」
「だって本当のことだし」

 帰って来れたって思う。
 続いた言葉に拳が宙をさ迷った。誰でも己の匂いには慣れて気づかない。その空間にほんのわずか、鍛えられた忍びでなければ分からない程の異物、血の匂いが混じる。

「……てめーに分かる程の匂いなんざ、つけちゃいねぇよ。キバでもあるまいし」

 最初程の勢いもない切り返しに、ああだとかううだとか、の声は意味を成さない上、デカい欠伸が続く。

「もうさっさと、寝ろ」
「おー…起きたら、飯な」
「てめーが奢れよ、小金持ち」
「一楽…ナルトも誘うし…」

 そりゃ夜だとの返答はあっという間の寝息に飲まれた。一応安らかなそれに再びため息をつきながら、シカマルもまた眠りに落ちた。
 翌朝、非番だと来襲をかけた同期の面々が仲良く同衾する野郎二人を発見するまでは、穏やかな眠りは続く。

再掲2011/04/05







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