「どうせ」
「私なんか」
 こんな後ろ向きなの、貴方の所為です。



 好みの問題



 ずっと、あのことばっかり、頭の中をぐるぐる回ってる。
 他のこともまるで手に付かない。
 見るからに、そんな顔していたんだろう。



 すぐ傍から降ってきた言葉に、え?と首をかしげる暇もなく、頭に衝撃をくらった。

「…いっ、たぁぁ〜」

 具体的に言うと、頂戴したのは副長の拳固。
 涙目で見上げた先には、眉間にしわを寄せた副長の顔。

「どーして殴るんですかぁ」
「どーしてじゃねぇだろ。さっきから腑抜けすぎなんだよ」

 非難がましく言っては見たものの、おっしゃる通りなので何も反論できない。

「ったく、最近テロリストの輩が大人しいからって、油断してると後ろからばっさりやられるぞ」
「ふぁい…」

 全くその通りなわけで。
 でも、腑抜けてるのは、それが理由なわけではなく。
 ホントの理由ってやつを言ったら、それこそ拳固だけではすまなさそうなので、黙っておくけど。

 怒られて一応真面目にやっている振りをするけれど、やっぱり気がつけばあのことばかり考えてる。そんな様子を見て、怒っても無駄だと悟った副長がため息をつく。

「…副長…」
「あ?」
「私って、如何だと思います?」

 ついにどっか壊れたな。
 副長の表情は明らかにそう語っていた。自分でもそう思う。

「…何が如何なんだよ」
「えーっと、可愛いとか、美人だとか、良い女…とか」

 副長の目がどんどん白けてくる。
 分かる、分かるけどその気持ち、でもちょっと、人助けだと思って。

「優しいとか、儚げとか、可憐だとか」

 自分でもいたたまれなくなりつつも言い続けていると、突然頭をぐわし、と掴まれた。
 指に力が入って痛い。 

「ちょ、ふ、副長!秘孔突かないで下さい!痛い痛い痛い!!」
「お前はな


 変、だ」



 屯所に戻っても、ぐるぐるもやもやな気持ちが晴れることはなかった。それどころかさっきの副長の言葉で拍車がかかる。

「ねぇ、山崎君」
「うん?」
「私って……変?」

 突然の質問に目を丸くする山崎君。そりゃそうですよね。
 あーでもお願い。貴方にまで変と言われてしまったら、もう再起不能ですよ。
 ある意味死刑宣告されるかされないか、瀬戸際の囚人みたいな気持ちで祈ってます。

「う〜ん…まぁ、普通ではない、かなぁ」

 頭を鈍器で殴られたような。
 そのままふらふらと、夢遊病者みたいな足取りでその場を離れる。

「良い意味で個性的っていうか…あれ??」


 どうにかこうにか、おぼつかない足取りで部屋までたどり着いて、そのままどさりと倒れこむ。
 目を閉じれば、あの情景が浮かび上がる。
 一組の男女。
 女は噂に疎いでさえ知っている、評判の江戸小町。男はの上司、真選組隊長沖田総悟。美男美女の見目麗しいお二方。片方ドSだけど。
 その江戸小町が頬を紅に染めて、はにかみつつも沖田に手渡したのは結び文。古来よりその形が示すのは、唯一つ。沖田は微笑んで、それを受け取った。
 当然だろう。
 あんな綺麗な女の人から愛を告げられたら、誰だって嬉しいはずだ。

 …ああもう、駄目です。
 ブルーどころか真っ黒です。闇です闇。
 お父さんお母さん、どーして普通の、変じゃない、せめてもうちょっと小顔で、もうちょっと胸があって、もうちょっと可憐な感じのお嬢さんに産んでくれなかったのですか。
 こんな変な女じゃ、逆立ちしたって敵わない。

「誰に敵わないんでィ」

 突然聞こえた声に、飛び起きてみるとやはりいたのは沖田。よりにもよって、今一番会いたくなかった人。

「…どっから湧いて出てきたんですか」
「最初っから隣の部屋にいたんでィ。いー気分でに寝てたってのに、ぶつぶつの声が聞こえるから目が覚めちまった」

 絶望のあまり無意識だったらしい。いったいどこから声に出ていたのだろう。不覚。

「…沖田さん、八百屋のお苑さん、知ってますか」
「お苑さんが何だってんでい」
「美人だと思います?」
「…まァ、十人並みじゃね?」
「じゃあ金物屋の、お史さんは?」
「器量良しな方かねェ」
「大工の吾郎さんとこの、お千代さん」
「あのアバズレァ勘弁してくれィ」

 そんな調子で、の質問、沖田の回答が十人分ほど続いた後、

「…これって何か、意味あんのか?」

 いい加減飽きたように沖田が言った。

「あと一人、あと一人だけです」

 ため息をつく沖田を目の前に、いよいよ本題とばかりにがこくり、と密かに唾を飲む。

「…呉服屋のぉ…」
「ああ、江戸小町。あれァ文句なしでこの街一番の器量良しだろがィ」

 今度は奈落の底に突き落とされたような。
 一瞬目の前が真っ暗になった気がした。

「…その江戸小町から恋文貰うたァ、沖田さんも罪作りな男ですねぇ」
「…何でが知ってるんで?」
「いやぁ、偶然現場目撃!しちゃいましてェ〜」

 半分は動揺を悟られない為の演技で、もう半分は自虐のようなものだった。頭やら胸やらがひどく痛い。視界がぼやけてきそうだけど、泣いたら不細工がもっと不細工になるから我慢するしかない。

「まァ、俺があと十年遅く生まれてたら確かにオイシイ話だったろうなァ」
「オイシイですよねェ!あと十年遅く生まれてたら…って、え??」

 今、何かおかしかったような。沖田は続ける。

「あー俺も土方さんみてェなロリコンだったら良かったなァ」
「ええ!?副長ってロリコンだったんですか!?」
「そうそう。知らねェか?泣かした幼子は数知れず。幼女殺しの土方たァ、あの人の事だぜ」
「そうだったんだ………って、何でロリコンだったら良かったんですか?」

 沖田の懐からの膝元へ投げ出されたのは、結び文。もしかしなくても、あの文だろう。

「これ」
はそれ読んで、頭冷やしたほうがいいんじゃねーか」

 慌てて文を広げるが、混乱で指が上手く動かない。あれ、あれ?ともたもたしてると、仕様がねェなァ、と沖田の手が伸びた。軽く指と指が触れて、それだけで脈が早まる。
 そんなの心境を知ってか知らずか、沖田は広げた文をわざわざの手を取って、直接握らせた。頭から湯気がでそうになる。

 ―――否、この男は絶対わかってやってる。

 上目遣いの、いつもの笑みをみては確信した。
 真っ赤な顔を文で隠して、沖田の視線から逃れる為にもは文に意識を移す。


『はいけい おき田そうごさま
 あさがおのお花が うつくしくさく なつもさかりのきようこのごろ あなたさまはいかがおすごしでしょうか。
 はつねは そうごさまのことが 大すきなので あと すごくあついので おひるねできなくて はは上さまにいつもおこられてます。
 ほんとは はつね おひるねきらいだけど おひるねしないと はやく大きくなれないと はは上さまがいうから やつぱりおひるねがんばります。
 だつて はつねは はやくおおきくなつて そうごさまのおよめさまに なるからです。
 そうごさまが ゆめにでてきてくれたら はつねはすごくうれしいので でてきてね。
 まってます。
 あと はつねが大きくなるまで だれもおよめさまにしないでください。
 それでは さよおなら。
                    はつね
 ついしん。 そうごさま 大すき。』


「はつね…」
「呉服屋のお譲ちゃんで、御年七つになる江戸小町だぜィ。困ったことに俺にすっかりお熱らしくてなァ」

 ―――なら幼女殺しってのは あんたの異名かい。

 というツッコミをいれることも思い至らず、ははらりと文を取り落とす。

「おっと、粗末に扱ってくれちゃこまるぜ」
「…じゃあ、あの綺麗な女の人は」
「初代江戸小町、初音譲ちゃんの母親ってこった」

 ぱたぱたぱたっ
 いきなり涙が堰を切ったように流れ出した。これには流石の沖田も驚いたようで、目を丸くする。

「何だって、ここで泣くんだい」
「…わかんないです。何か…気ィ抜けて」

 ああ、やばい。不細工になるから泣くのはやめようと思ったのに。
 でも全身の力が抜けて、止められない。涙腺壊れたかもしれない。

「…何でが泣いてんのか、教えてやろっか?」
「何で、でしょう」
「つまりこういうことでい」


 ぼやけた視界と、頭で、自分に近づく他人の顔が分かった。
 頬に温かく、柔らかい感触。目を閉じると、瞼にも。
 火が灯ったかのように、かぁっとそこだけ熱くなる。でもそれは心地良い熱で。
 さわさわと、自分のものではない柔らかな髪の感触がくすぐったくて思わず首をすくめると、それは離れていってしまった。それがとても名残惜しかった。

 目を開けると、沖田は先ほどの文に視線を落としている。

「まァ、初音にゃ悪ィが諦めてもらうしかねェなァ」
「…未来の江戸小町なのに、ですか?」
「俺にゃロリコン趣味はないってーの。…それに」
「それに?」

 ニヤリ、といつもの小悪魔的笑み。
 それにすら呆気に取られて見惚れてしまう自分は、やっぱりどこか壊れている。きっとそうに違いない。

「小顔じゃなくて、胸もでかくなくて、可憐でもねェけど」

 どこかで、聞いたセリフだなぁと思った。
 一言ずつ小悪魔がにじり寄って来る。ちょっとこれは流石に、逃げたほうがいいかなァと思った時にはもう遅かった。
 自分で体勢を崩したかはたまた悪魔の呪いか、畳は背中に、板張りの天井が視界に

「変り種の方が、好みなんでィ」





「変り種ってなんじゃぁああああああ!!」

初出 多分2004夏
再掲2011/02/23







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