虚夜宮、一室
黒の装束と白い装束の二者が対峙していた。
死神と虚。
だが二者は兄弟で、双子だった。誰もが繋がりに疑問を抱かないほど、似ていた。
兄が、死神が、抜き身の刃を定める。弟が、虚が、合わせて動く。
先に見たより弟の背丈は少し伸び、刀も同じだけ大きくなっていた。兄の力を喰らった為に。
刃を向けて立つその姿が自分のかつての姿だと、最早疑いはない。疑う理由も、ない。
「お前が俺の、弟だというなら」
疑いたくは、あるけれど。
「…俺の手で、消したい」
願うほど、否定を望んでもいるけれど。
「消す…?もう一度喰うのか、おれを」
嘲る顔も声も。
否定を願う以前に認めている。紛うかたなき真実。
例え、未だに片鱗すら思い出せずとも。
「藍染にだけは、やれない」
弟がかき消えた。白い靄とともに、白刃が兄の頭蓋に振り下ろされる。避けられず受けた。同じ気配の色濃い己の刃で。
「ふざけるな!!何のつもりだ、どの口がほざく!」
ぎちぎちと鋼が悲鳴をあげる。兄を押す弟の目は、ただ憤怒の一色に染め上げられている。
「誰の所為で虚になったと思ってる…ッ」
兄がじりじりと後に下がる。腕が限界を叫ぶ。足も、刀身さえも。
「お前だ!お前がいなけりゃ、おれは虚にならなかった!!」
「ああ」
「お前が、全部の元凶だろうが!!」
「ああ…ッ、」
兄の刀が弾かれた。衝撃に倒される。肩の骨が抜けていた。刀身には亀裂が走っていた。
「言ったろう、お前。自分で罪を背負うと」
「言った。今でもその、つもりだ」
「…なら、差し出せ。おれにお前の全部を差し出して、おれを救ってみせろよ」
弟の白刃が、上半身だけ起こした兄の首に据えられる。
弟は兄の霊力を喰って、力を得た。今度は霊体を喰いたい。魂も喰いたい。この男の全部、喰い尽くしてやる。
胸の真中に空いた孔はそう訴えるし、刀だって鳴くのだ。喰いたいと。
お前の全部、おれが手に入れる筈だったものだ。
「それが、お前の償いだろ、」
「―――違う」
切っ先が掴まれた。
力などどこに残っていたのか、一瞬刀身が持っていかれそうなほど強さだった。掴む手は、節くれだって骨の太い、大人の手だった。弟のとは違う。
「俺を喰ってもお前は救われない」
それが分かっているから、お前はいちどきに俺を喰い尽くさなかった。
「俺と同じに、なるな」
弟の目はまだ尚、怒りにぎらついていた。否、一層燃えたぎった。
兄の目は冷たく、けれど同じほど怒りがあった。
「……本当に、お前はふざけてる。虚に向かって堕ちるな、だと?おれの全部、もう疾うに堕ちている。おれが今まで他の魂を喰わずにいたとでも思っているのか」
「思ってなどいない」
「ああ、その通り。喰ったとも。餓えてたんだ、仕方がないだろう、当然だろう!」
切っ先は掴ませたまま、弟が兄を蹴り上げた。血がし吹いたが、兄は切っ先から手を放さなかった。
「餓えてるんだ、おれは!ずっと!」
続けざまに拳が振り下ろされる。それでも。
「虚になったからだ、こんな餓えは!お前の所為だッ、お前の所為、なのに…!!」
どうしてお前は、知らない。
「この孔の餓えを、渇きを、どうしてお前は知らずに済んでいるんだッ、どうして、お前だけ、」
―――ずっと、同じだったのに。
兄がとうとう倒れた。刀の切っ先にはまだ兄の手があったけれど、腕までその血で赤く染まっていた。指が落ちていないのが不思議なほどに。
掴まれた刀を放って、弟は倒れた兄の体に馬乗りになり拳を打ちつけた。耳を掠めて、床に。天井が大きく揺れた。からからと落ちる石くれ。
「どうしてお前も、じゃない」
おれとお前は、ずっと同じだったのに。
同じ場所にあって、同じ時にあって、悲しみも喜びも、ずっと同じだったのに。
どれほど餓えようと、一緒にいたのに。
「どうして」
どれほど餓えても、二人でいたなら堪えられたのに。
流れるものは、今は赤色ばかりではなかった。高い声が震えて落ちた。わずかに既視感が、兄の胸中に。こんな震える声は、初めて聞くのではない。
気がした。
「どうしておれだけ。お前はどうして」
お前とずっと一緒にいたかったんだよ。
ただ望んだのはそれだけだったんだ、よ。
弟の刀は遠くに落ちた。
兄の手は兄の刀を握っていた。
「俺がもう一度お前を喰うから、俺を恨めよ」
「恨まずに、恨まれずに済むと思うか」
ずっと恨む。恨まずにはいられない。
ずっと恨むからもう、忘れるな。
忘れてくれるな、。
体勢の変わらぬまま、兄の刀が、死神の斬魄刀が虚を貫いた。
少年から青年へ変化する頃合の破面が、崩れて消えた。
最期に兄が音には成さず弟の名を呼んで。それで本当に最期だった。
2011/03/23
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