十番隊隊舎にて

「…松本」

 十番隊隊長、日番谷冬獅郎はひどい頭痛を覚えていた。

「はい?何ですか、隊長?」

 対して副隊長の松本乱菊はひどく浮かれていて、それこそが日番谷の頭痛の原因であった。

「てめぇ…分かってんだろうな、明日だぞ…」
「やだなぁ。分かってますって、ちゃぁんと!」

 からからと笑い飛ばす様に米神が軋む。
 分かっている。分かっていることを、分かっている。松本は馬鹿ではない。だが逐一確認したくなるのは己が罪でもない。自分が上役となりもう結構な時間が経つ。何故にこいつはわざわざ目の前で神経を逆撫でするような振る舞いばかりするのかと、日番谷は自身も副官を理解出来ていないことをすっかり棚にあげ、また米神を押さえた。
 日番谷が急遽先遣隊の長を命じられたのはつい先日のこと。事は急を要すると、明日には尸魂界を発つ予定であり、故にそれまでに片付けておかねばならない仕事は山とある。副隊長である松本も同じ立場であるはずなのに、目の前の有り様、松本の浮かれようとその机上の紙束には、最早小言を口にする気すら失せる。後のことを全面的に任せる三席たちには悪いが、自身の余裕も大してない。言い訳と十分に自覚しながら目を逸らした時、執務室の外から声がかかった。

「失礼致します。二番隊第十九席、。日番谷隊長にお目通り願います」

 初めて聞く低い声に入れと返すと、音も立てず入ってきたのは大柄な男だった。目元を覆うほど伸びた薄墨色の髪がむさ苦しく、意識せず片眉が寄る。

「何用だ」

 問えば膝をついたまま、ゆっくりと二番隊の死神は口を開いた。

「日番谷隊長に、折り入ってお頼みしたいことがあって参りました」
「…お前が、か?」

 てっきり二番隊からの隊務連絡か何かと思っていた。目の前の死神、とやらに見覚えはない。視界の端では松本が自分と同じく不思議そうな表情でを見ている。

「明日、現世へ向かわれる先遣隊の一人に自分を加えて頂きたいのです」
「………は?」

 間抜けな反応をしてしまったのも無理はないと思う。

「何言ってんの、あんた…」

 自分よりも早く取り直した松本が呆れた声をあげるがそれを遮り、これを、と一通の書状が差し出された。咄嗟に受け取ったそれは二番隊隊長からのもので、書状を広げた自分を見てひとまず松本も口を閉じる。
 そこにしたためられたのは目の前の死神、の名と、先遣隊への参加を願い出ることに対する許可。そして砕蜂の名前だった。
 殊更丁寧に字面を追うことで理解に努めるが、それでも事実を掴みかねる。

「…お前、と言ったか」
「は」
「十九席ってのは本当か?」
「相違ありません」
「あんた…ちゃんと分かってて言ってんの?」

 軽く混乱する自分に代わって松本が再び口を開いた。

「先遣隊ってのは物見遊山に行くんじゃないのよ?破面たちと直接戦う事になるって、分かってる?」

 そういうお前が面白半分だろうが、とは今は黙っておく。

「承知しております」
「承知してないわよ。最低でも大虚レベルが相手で、一緒に行くのは隊長格ばっかりなの。十九席なんて…死にに行くようなもんよ」

 漸く回り始めた日番谷の頭に、松本の言葉はすんなり馴染む。全くの正論だったが、副隊長も相手にが怯んだ様子はない。

「邪魔となれば即座に捨て置き下さい。砕蜂隊長の許可も得ております」
「捨て置けってねェ…え、砕蜂隊長の?」

 本当かと松本が視線で問いかけるのに無言で肯定を示した。詳細を記しているわけではないが、つまりはそういう事で間違いはないだろう。署名に偽りは、勿論ない。

「…出立は明日の朝だ」

 その署名は、意図も分からぬままに退けるには重い。

「はい」
「お前の命はお前が面倒見ろ。手を貸せる余裕は恐らくないぞ」
「お聞き届け頂き、感謝致します」

 真に感謝されるべきは却下した場合のみだろうと、の言葉に日番谷は反応を返さなかった。


「良かったんですか?あんなの…」

 が退室してその戸が閉まってから、幾分真剣な表情で松本が尋ねる。不満、という声ではないが許可したことに関しては大いに疑問らしい。例えあそこで日番谷がの嘆願を退けていたとしても砕蜂が問題にすることはなかっただろう。不調法はあちらであるし、書状の内容にも強制力は微塵もない。
 だが日番谷に興味を抱かせるだけの力はあった。

「…良いんじゃねぇのか。砕蜂の許可、だしな」

 かの二番隊隊長の人となりを詳しく知るわけではないが職務に忠実な点においては疑う余地もない。先遣隊の意味についても十分心得ているはずで、突然判断の目を曇らせたとも考えにくい。
 珍しく不明瞭な日番谷の答えに松本は二、三度目を瞬かせたが、それ以上は何も言わず、こちらも珍しく無言で机に戻った。
 日番谷自身、砕蜂の名があったからと、何故も簡単に同行を許可したのかはっきりとは分からない。さり気ない所作や内に抑え込まれた霊圧や、取りあえず十九の数字以上の実力であろうことは察しがついたが、わずかな時間言葉を交わしただけで詳しく知れるわけもない。
 強いて言うなら、予感か。
 嘆願を退け置いていくより、連れて行った方が。
 そんな気がした。誰にとって、何について、何故そんな予感を覚えたのか。何一つ明確ではなかったが。
 良い目が出るのか悪い目が出るのか、それすらも。

2011/02/14







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